ご説明

趣旨 本を読んだ感動を忘れずとどめておくために、読んだ本の冒頭の一文と印象深かった一文とをここにメモして残します。 続けることが目的なので、無理せずゆるゆると更新するつもり。 1年ぐらい続けてみたら、面白いものができそう。同じ本を1年ぐらい経っ…

瀬戸内寂聴『奇縁まんだら 続』

「瀬戸内さんを羨ましいと思うのは、ぼくが絶対逢えない歴史的作家にほとんど逢っていることです」 p.38

東直子『薬屋のタバサ』新潮社

「だけどさ、死んじまうからこそ、自分のかたちを残したがるんじゃないかと思ってね。残したがってるんだから、こうして自分が見つけたものくらいは、集めてるんだよ。ほうっておいたら、踏みつぶされたり、吹き飛ばされたり、影も形もなくなっちゃうだろう…

東直子『薬屋のタバサ』新潮社

何もかも、申しわけありませんでした。 わたしは、また、つぶやく。 p.3

赤染晶子『うつつ・うつら』文藝春秋

ここでは空気も風も求めてはいけない。この街の人たちの静かな呼吸でなければならない。これを知らない芸人は窒息する。もう堪えられなくなって走って逃げる。うつつもそぞろも何人もの芸人がこの舞台から逃げるのを見てきた。二人は思っている。たまたま、…

青山七恵『やさしいため息』河出書房新社

風太のノートなど、もういらない。自分の生活がどう記録されようと、もう興味がない。本当の人生はつれなくて、安全だけども不毛だ。 p.114 「でも、久々に会っても、ちゃんと自分から人生をややこしくして面倒なことをやってるまどかは、なんか感動的だっ…

青柳いづみこ『六本指のゴルトベルク』岩波書店

『ジャン・クリストフ』は音楽家を主人公にした音楽小説だが、同時に、音楽現象というものを見事に言語化した作品でもある。クラシックはよくわからないから、とか長くてむずかしそうだから(たしかに……)という理由でこの書を遠ざけるのは、人類がつくりだ…

宮下奈都『遠くの声に耳を澄ませて』新潮社

そのときの様子がありありと目に浮かぶ。私を膝に乗せて話してくれたのは、たぶん祖母とふたりでじゅうぶんに楽しんだその後だったに違いない。どこにも出かけたことのなかった祖父母に豊かな旅の記憶があったことに私は驚き、やがて甘い花の香りで胸の中が…

西條奈加『恋細工』新潮社

「女は職人にはなれない――。こうやって精進しても、技が日の目を見ることもない。そりゃああたしは好きでやってることだもの、なんの不満もないけれど」 p.58

西條奈加『恋細工』新潮社

木枯らしはうなるように、外の闇を切りさいている。 おはいり、とかすれた声にうながされ、お凜は襖障子をあけた。 p.3

大島真寿美『すりばちの底にあるというボタン』講談社

晴人は、すぐそばにいる、薫子や雪乃や邦彦と知り合い、いっしょに歩いた、このすりばち団地のことを思っていた。ジャングルジムや、坂道。毎朝、さがしたボタン。作戦会議。お父さんとは別れてしまったけれど、ぼくはここで、友だちをみつけた。だから、こ…

大島真寿美『すりばちの底にあるというボタン』講談社

すりばち団地は、すりばち状の敷地に建っているから、ゆるい坂道や階段がやたら多い。 平坦だと思って歩き出した道もいつのまにか坂道になっていたりする。 p.5

鹿島田真希『ゼロの王国』講談社

「おお、その通りです。僕は自分が太陽に愛されているように、自分も人を愛そうと思っているのです」 「あなたはまだ人の愛というものを知らないのね。ああそうね。だってあなたは孤独を覚えたことがないんですもの。おばあさんと自然に愛されて、それで満た…

鹿島田真希『ゼロの王国』講談社

雪解け。ロシアでは十一月の下旬のことをそう呼ぶ。日本人である筆者は、雪が降り始めるこの時期をなぜ雪解けと呼ぶのか、わからなかった。 p.4

瀬川深『ミサキラヂオ』早川書房

――もう、仕方ないんじゃないかなあ。これだけ世の中の流れがゆっくりしちゃえばな。ちょっとぐらい時間がズレることだってあろうさ。 p.63 ――俺さ、時々、今生きているこの時間が切り取られて、ぽかんと歴史の中に宙ぶらりんで浮かんでいるような気分になる…

瀬川深『ミサキラヂオ』早川書房

なにしろあてにならないラジオだった。ラジオ局の配布する番組表に舌を出すかのように。ラジオは気まぐれに思い思いの音を流した。どんな曲が流れ始めるか、どんな声が語り始めるかは、スイッチをひねるまで誰にも分からなかった。 p.7

田山朔美「霊降ろし」文藝春秋(『霊降ろし』収録)

信じるかそれとも信じないか。結局のところ、差はそれだけなのかもしれない。だとしたら、私は信じたくない。信じてしまったら存在する。そうなったら、こちらの世界に引っかかりのすくない私は、あちらの世界に引きずり込まれて戻ってこられなくなる気がす…

田山朔美「裏庭の穴」文藝春秋(『霊降ろし』収録)

「なにを埋めたの」 私は小さな声で聞いた。 「なにも埋めてないよ」 嘘だ、と私は思った。 「ねえ、なにを埋めたの」 母は私を見ずに言った。 「朝子、この夢は楽しい?」 「夢?」 「そう、ここは夢のなかだよ。朝になったら消えるんだよ」 p.9 「死んだ…

田山朔美「裏庭の穴」文藝春秋(『霊降ろし』収録)

空には丸くて大きな月があった。私は手に石を持ったまま、その月を見上げていた。 p.7

稲葉真弓「光の沼」新潮社(『海松』収録)

この土地の古い言葉で「食べなさい、飲みなさい、走りなさい、飛びなさい」という意味の<聲>が、地底とも天空ともつかぬ場所から聞こえてくる。楽しいことのすべてを、こちらへ託すような<聲>。同時にそれは、あっという間に五十数年を過ごしてしまった…

稲葉真弓「海松」新潮社(『海松』収録)

ずっとずっと仕事をしてきたのだ。食べるために不健康な毎日を送ってきた。生きるために不健康を選ぶのは矛盾じゃないか。だからここではなにもしたくない。無意味な暮らしがいい、空っぽの日々がいいといつも思う。 p.19 そんな時間が私にもあった。私の中…

ドロシー・キャンフィールド・フィッシャー『リンゴの丘のベッツィー』徳間書店

けれどもベッツィーは、この先、何度も同じようにおどろくことになるのです。今生きている人たちも、長い時間の流れの中で昔とつながっているのだということを、ありありと感じるたびに……。 p.79 誕生日がこんなに心にのこるすてきな日になった子なんか、き…

ドロシー・キャンフィールド・フィッシャー『リンゴの丘のベッツィー』徳間書店

これは、ベッツィーという女の子のお話です。 ベッツィーは九歳で、正式な名前はエリザベス=アンといいました。 p.7

西加奈子『きりこについて』角川書店

皆、不味いものをこの世で一番美味しい、とまで思えた「うっとり」していた子供時代が、懐かしいのである。 そして、お酒の力を借りないと、馬鹿らしい一言に大笑いすることが出来なくなってしまった大人の自分を、少しのセンチメントをもって、思い返すので…

西加奈子『きりこについて』角川書店

きりこは、ぶすである。 p.5

平田俊子『さよなら、日だまり』集英社

裁判官や弁護士にはありふれたことでも、わたしにとっては初めてのことだ。結婚にとって離婚は死だ。簡単にそのときを迎えてはいけない。たくさん苦しみ、ぼろぼろにならなければいけない。 p.141 幸せが日だまりになってこの部屋を守ってくれている。夫と…

平田俊子『さよなら、日だまり』集英社

阿佐ヶ谷駅の北口でバスをおりると風が強く吹いていた。 p.3

乾ルカ『プロメテウスの涙』文藝春秋

生きるということは、ただそれだけで尊いのだろうか。それがどんな性質のものであっても、心臓が動いて、体温があればそれでいいのか。意識もはっきりしていれば、なおいいのか。 もはや苦痛しかない世界に何を見出せばいいというのだ。 p.160 リーダビリテ…

大島真寿美『三人姉妹』新潮社

あのね、夜中に一人で車で走ってると、あたしは自由だ、どこまでも自由だ、って気がしてくるの。これって不思議よ。どんなにへこまされている時だって、絶体絶命の時だって、あたしは壊されない、壊れてなんかやるもんか、って強く思えるの。このままどこま…

北村薫『鷺と雪』文藝春秋

――身分があれば身分によって、思想があれば思想によって、宗教があれば宗教によって、国家があれば国家によって、人は自らを囲い、他を蔑し排撃する。そのように思えてなりません。 p.68(「不在の父」より) ――人の世の常識とは何だろう。真実とされている…