[2009][作家あ行][作品さ行][印象的なシーン]奥泉光『神器<下> 軍艦「橿原」殺人事件』新潮社

 ――奴隷でいいじゃねえかよ。奴隷の何が悪いんだよ。俺は奴隷で十分なんだよ。奴隷でも、飯が喰えりゃいいじゃねえかよ。俺は奴隷になりてえよ。ていうか、奴隷じゃねえ奴なんて、この世にいるのかよ。いたら教えてくれよ。  p.72

福金 ニッポンジンは全部鼠になったと?
根木 そうだ。満腹した鼠。満腹したのになお飢餓感に駆られて餌を漁る鼠。そんな風にみえないか?  p.78

福金 でも、日本は負けたんでしょう? 負けたってことは、終わったわけでしょう。違いますか?
根木 俺たちの戦争(ここまで傍点)は終わっていない。終われない。だから皆、いまも戦い続けている。日本の勝利を信じて。
福金 しかし、本当は(傍点)、現実には(傍点)、負けたわけでしょう?
根木 負けた日本は日本じゃない。負けた日本は現実の日本じゃない。少なくとも、戦い続けている兵士たちはそう考えているさ。ここにいる日本人から見たら、俺たちを含め、戦い続ける兵士たちは幽霊にすぎないだろう。しかし、俺たち幽霊からしたら、生きている人間の方が虚ろな影にすぎないともいえる。  p.103

だからこその神器ではないのか! 神器もろとも特攻する軍艦――これは伝説たりえないだろうか?  p.122

それはすなわち、天皇陛下と神器がいま「橿原」にある以上、「橿原」こそが日本である、という想念である。  p.124

「別にさ、理由なしに、戦争してもいいんじゃねえの。実際、理由なんてないっしょ、戦争に」  p.207

「石目、お前は何者だ?」  p.240

「まあ、お前が誰だろうが、いまとなっては、どうでもいいってことなんだろうな。どのみち沈めばおしまいだ。とりあえず、達者でな。達者ってのも変か。それから、一つだけ。クイーンが好きだと前に言ったが、石目はアンソニー。バークリーという作家を知ってるか? そいつの、The Poisoned Chocolates Case っていう小説は、けっこう面白いぜ」  p.240〜241

人は人に苦痛を与えるために存在する。人類が創世以来、戦争を決してやめないのは、文明の根底に存す、この真理を忘れないようにするためではないのか?  p.282

桜井 忘れられてたまるか! ふざけるな!
死者たち 俺たちを忘れるな! 俺たちを決して忘れるな!
桜井 もしも忘れられたら、いいだろう、俺たちが思い出させてやるさ。  p.290

 そして下巻。物語はいよいよ佳境へ。時空が歪んで捻じれて繋がり、生者と死者が入り混じって挙句、橿原は狂気に支配される。いや〜。さすがは奥泉光、エンタメにしては一味も二味も違う。ミステリであり幻想小説であり、形式だってもう何でもあり。全てを背負い込んで橿原は東を目指す、、、。