2009-01-01から1ヶ月間の記事一覧
「造花でも本物の蜂を呼び寄せることはできる」 p.126 どんな人間にも、見かけとは違う中身がある。誰もが何らかの嘘をつき、自分を飾っている。 p.273 彼女は、それを本物の花だと言ったが、生きた花に薬品処理をほどこしたミイラのような花が、彼の目に…
光のさなかにいるときは、その場所がどんなに明るいか気づかない。そこから遠ざかってみて初めて、その輝きを悟るのだ。 p.11 「水?」 「そうやねん。あたし、水が湧いてくるねん」 p.33 「あたりまえや。おいしくなんかあらへん」 「結構、おいしい水や…
白い厚紙のマウントがすっかり古ぼけたスライドがある。泣き顔の女の子がポジフィルムに写っている。 p.5
動きそうで動かない。転がりそうで、転がらない。琉々は、いくつもの眼に見つめられている気がしてきた。マリモには眼はない。藻なのだから。けれども、この丸さとしてここに在るという存在感の奥には、眼が感じられるのだった。なにか、深々とした視線のよ…
ベランダで飼いはじめると鶏は、ひとまわり小さくすがたを変えた。 p.3
何か、保存しておかなければいけないエネルギーを、通勤の作法に使ってしまったような気分になる。 p.137 電車は暴力を乗せて走っている、とミカミはときどき思う。自動車のような、ある種能動的な暴力ではなく、胃の中に釘を溜め込むように怒りを充満させ…
こいつにどうにかして思い知らせてやりたい、と考える。人ならば可能だ。人ならば。 p.11 始末に負えないのは、悪意よりも扱いにくい。痛みにまで達するようなアレグリアによる信頼の裏切りへの悲嘆がミノベの中にあることだ。 p.12 ミノベに言わせると、…
万物には魂が宿る。ミノベの信仰にはそうある。万物に魂は宿る。母体の下の口から、あるいは殻を破り、あるいは分裂し、あるいは型を抜かれ、あるいは袋に詰められ、あるいはネジをとめられ、あるいはネジと一緒に梱包され、万物の命は生まれる。そこに魂は…
恋の話は、いつまで経っても出てこない。その代わりに私たちは、上野動物園のパンダに就職したいという話で盛り上がり、いつの間にか終電になる。あのパンダの中には、絶対に人が入っていたはずだ。間違いない。 p.305〜306 「後藤さんそれ可愛いー。どうし…
「不倫だからそう見えるんじゃないの」 「違う。大崎さんは何もかも、完璧なのよ」 「不倫だからよ」 p.201 こんなはずでは、とちょっと思う。でも、やはり、人は変わるのだ。目の前のものが現実になり、遠いものはどんどん非現実になる。 p.207
「ハワイに行きたい」 p.86
「本、本。この先の人生において、恋人がいても本がないのと、本があっても恋人がいないのと、どっちがいい? って聞かれれば、迷わず本のある人生よ」 p.14 誉められたい。人から認められないと、生きている気がしない。 でも周囲から正当に評価されている…
「私はー、本がー、大好きだー。私はー、本がー、大好きだー」と心の中で、念仏のように繰り返しながら、カナは都内の大型書店でアルバイトをしている。 p.7
きれいなんだ。本当にきれいなんだ。 トトロみたいな野山じゃなくこんな寂れていく都市の風景が、俺の故郷なんだ。そしてそれを美しいと思うんだ。心からそう思う。 p.13 「あまり悩まなくていいと思うんだ。きっとそれは幸せな印なんだ。みつきがこの先の…
団地が、ぼくの家だ。 p.3(プロローグ)
「太陽はどこにあっても明るいのよ」 p.11(「プロローグ」) 私、嫌だけどなぁ。一生、自分の本当の居場所はここじゃないって思いながら生きていくのなんか」 p.24(「出席番号二十二番」) あの頃の彼女は冷静だった。 流されなかった。 多分、一度とし…
ひと切れの死んだ竹の管から湧水のように溢れ出る幽玄の調べは、住民ひとりひとりの俗念をすっぱりと断ち、邪念を払い。城址公園の大山桜の花と、誰も正確な数を知らない桃の花を一層赤く染め、対岸の一本残らず生きている真竹を青々とさせ、その竹林に横た…
ただならぬ水の気配がする p.3
海岸を歩いていて、南洋の果物を拾いあげ、影をなせる枝が茂る遠い島に思いを馳せたのは赤く長い鼻の男や祠について詳しかった痩せた民俗学者で、この果物のことを『海上の道』という本に短く書いた。この本は読んだことがあった。また、この流れついた椰子…
新世界が来ます。誰もなしえなかった真の平和と安定と調和が訪れます。誰も思い悩むことのない、憎しみあうこともない、貧富もない、民族紛争も南北問題も経済格差も、環境問題も消失した未来です。それは一人一人の心が変わるだけで。解決する未来です」 p…
価値が低いなら私は安さで勝負するしかない。 私は誰よりも私を安く売るんだ。そして誰よりも喜ばれて見せるんだ。女の子達の甲高い笑い声が鳴り響く教室の中で私は、そう強く、胸に誓っていた。 p.133 濃度の薄い絶頂が、文字を書いている間ずっと、下腹の…
私が“化け物”だとして、それはある日突然そうなったのか。少しずつ変わっていったというならその変化はいつ、どのように始まったのか……考えれば考えるほど、脳は頭蓋骨から少しずつ体の内へと溶け出していき、その中を漂いながら、ぼやけた視界で必死に宙に…
「額子って、終わったあとの方がかわいいよな」 額子は突っ伏したままのくぐもった声で言う。 「ばかもの」 p.23 額子はすぐに俺のことを忘れてしまうだろう。俺はいつまでも額子のことを覚えているだろう。 p.43 失い続ける。なにもかも失い続ける。得た…
「やりゃーいーんだろー、やりゃー」 後ろから柔らかく抱きしめていたヒデの腕を、がばりと振りほどいて額子は言う。 p.3
日本を出て十日、元気がない。帰りたいわけじゃない。さびしくなんか全然ない。ここを過ぎれば本当に楽しくなることもわかっている。私はここを好きになれると思っている。学生のときは、自分だけが何もやることがなくて苦しいなんて思ったけれど、今は書く…
「私は、私として生まれてきて、私にしかできない感じ方と考え方を持っていて、ただそのことだけでもう、いいと思うの。決して悲しくはないよ。」 p.67 「だって、なによりも今目の前のことが大事だもの。そこが落ち着いていれば、あとは気にならないの、気…
私が昇一と最後に会ったのはふたりが小学校に上がる直前くらいのときだっただろうか。 p.5
レコードプレイヤーなんてのはもう、その物にあらかじめノスタルジーが織り込まれてしまっていて、読むのもイヤだ(変な人)。電動鉛筆削りやズボンプレッサー、そういうのを語りたいのだが。 p.77(吉本ばなな「キッチン」のジューサー) 家に新たな電化製…
そうだねえ、兄貴ってのは妹の永遠の味方だね」 p.111(第二話「妹の恋人」より) 「そんな歴史があったんですか」 「なんだって歴史があるんだよ。年寄りがいなくなると、古い話は消えちゃうのさ」 p.217(第五話「進退伺い」より) 大家さんのミヤコさん…
「そりゃ、骨折なんかと違って、心の傷ってのは簡単には治らないさ。もしかしたら、一生そのまんまかもしれない。それでも、皆なんとかだましだまし、生きてるんだよ。そういう痛みとか苦しみとか、そういうもん、体の奥のまた奥のほうに隠してさ」 「……」 …