2008-09-01から1ヶ月間の記事一覧

翔田寛『誘拐児』

言ってみれば、あの終戦直後の滅茶苦茶な世の中では、すべての日本人―いや、この国で普通に生活していたあらゆる人間が、生きてゆくことだけで精一杯だったんだ」 「どんな人間でも、いつ何時、凶悪事件を起こしてもおかしくなかった、そういうことですね」 …

翔田寛『誘拐児』

昭和二十一年八月七日。 線路の向かい側に続くトタン屋根が、真夏の日差しを跳ね返していた。 p.5

吉田修一『さよなら渓谷』新潮社

そんな目に遭ったのは彼女のほうなのに、ずっと考えていると、まるで自分がそんな目に遭ったような気がしてきて……、なんか、誰かに負けたような気がしてきて。でも、この誰かって誰なんすかね?」 p.92 ただ、一人で喋り続けているうちに、自分がそれほど尾…

吉田修一『さよなら渓谷』新潮社

その日の早朝、立花里美は隣家の尾崎宅を訪問した。夫の俊介はまだ眠っており、応対に出たのはパジャマ姿の妻、かなこだった。 p.3

森見登美彦『美女と竹林』光文社

「二十一世紀は竹林の時代じゃき」 登美彦氏は言った。「諸君、竹林の夜明けぜよ!」 p.21 「なんだか面白そうでいいなあ」と言う人があるかもしれない。 その人は何も分かっていない。 「面白いだけで生きていけたら、なんの苦労もありませんなあ」と、高…

有川浩『別冊図書館戦争2』アスキー・メディアワークス

「すっご、負けず嫌いにも程があるっていうか!」 「昔の話だ、昔の!」 「それにしたって意外と後先考えないタイプですよね!」 「現在進行形で後先考える技能がないお前にそこまで爆笑される謂れはない!」 p.13(「もしもタイムマシンがあったら」) そ…

フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』岩波少年文庫

あんたは幽霊だから、だれもきないようなへんな服をきて歩くのよ。庭園であんたが見えるのは、わたしひとりだわ。わたしには幽霊が見えるのよ。」 p.163 トムは「過去」のことを考えていた。「時間」がそんなにも遠くへおしやってしまった「過去」のことを…

フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』岩波少年文庫

裏の戸口のところにひとりで立っていたトムが、もし涙のながれるのをぬぐおうともしないでいたとすれば、それはくやし涙だった。 p.9

椰月美智子『体育座りで、空を見上げて』幻冬舎

見た目とはうらはらに、私の心は、徐々に波を打ちはじめていた。他人から見られる自分と自分の中の自分、ぜんぶ自分なんだけど、どれも違うような気がして、いつも気持ちがざわざわとしていた。 p.62(「一年三組」) 恋にはほんの少しだけ興味があったけど…

椰月美智子『体育座りで、空を見上げて』幻冬舎

小学校生活最後の学活の議題は「中学生になることへの不安」だった。 p.5

岡崎祥久『ctの深い川の町』講談社

「どうしてこの市に戻ってくるのか、ということについてだよ。いろんなものを手放してでも、戻ってきてこの市で暮らしたくなるのかもしれない」 「みんな、出て行きたくて出て行ったと思ってたのにね」 「どっちも本当なんだろ、出て行きたくなるのも、戻っ…

岡崎祥久『ctの深い川の町』講談社

これまでわたしの口から出てきた言葉の多くは弁明だったのだ――故郷へ向かう急行列車の中でわたしはそう思った。いや、言葉だけではない。わたしの為すこともまた弁明であった。 p.3

楊逸『時が滲む朝』文藝春秋

「学生さんよ、文学か何かわからんけど、若さだけで血が騒いでいるんじゃないか」 p.45 志強が泣いている。隣のその気配を感じつつも、志強の顔を見られない浩遠は、目をTシャツに据えた。英露の二文字が濡れて、次第に青いインクが溶け、浩遠の目に広がっ…

楊逸『時が滲む朝』文藝春秋

答案用紙を走るボールペンが一瞬止まった。 p.3

恩田陸「夜明けのガスパール」(『不連続の世界』収録)幻冬舎

物心ついた頃から、こうしていつも列車に揺られていたような気がする。 いつもいつも、こうして一人で、夜の底を運ばれていたのだ。 眩暈のようなデジャ・ビュを覚えた。次に気付いたら、老人になっているのではないか。レコード会社に勤め、ふわふわ浮き世…

恩田陸「砂丘ピクニック」(『不連続の世界』収録)幻冬舎

けれど、何かしら異様な感じ、日常の外側から吹き込んだひんやりする隙間風が彼らに恐怖を感じさせたことは明らかだった。 P.218

恩田陸「悪魔を憐れむ歌」(『不連続の世界』収録)幻冬舎

「あなたは常にパッセンジャー。通り過ぎるだけの人間。自分でも分かっているくせに」 P.124

鳥飼否宇「黒くぬれ!あるいは、ピクチャーズ・アバウト・ファッキング」(『爆発的―七つの箱の死』収録)双葉社

「中村青司か?」 「誰ですか、それは?」 p.17 綾鹿市出身で引退した元財界人日暮百人が、鳥搗島に日暮美術館という建物を建てた。”現代アートは制作過程そのものが芸術行為”という主張に基づき、招聘された6人の若手アーティストたち。芸術作品が完成しお…

京極夏彦「十万年」(『幽談』収録)メディアファクトリー

僕は何を見ていて、何を信じているのだろう。これが当たり前だと思い込んで、何不自由なく暮らしているつもりでいるけど、それも思い込みに過ぎなくて、ひょっとしたらそれは全然違っていて、世界はもっと激しく歪んでいて、その歪みに気付いていないのは僕…

北村薫『野球の国のアリス』講談社

なんでもわかりやすくして手渡されるより、<<わからない>>という宝物をいっぱいかかえることも<<いいこと>>なのです。そして、自分であれこれ考える。 p.10 「ふん、偉そうだね。」 「だってそうじゃない。――痛めつけられたトマトほど甘くなるんだ…

北村薫『野球の国のアリス』講談社

桜の花が、円形のグランドを包んでいる。 p.18

道尾秀介『カラスの親指』講談社

「劇の内容が書いてありますよ。『暗い過去を持つ詐欺師。哀しい旅路の果て、彼は初めて心を許せる友と巡り合う。彼らと運命を共にする一人の美女。それぞれの過去を清算するための闘いが、いまはじまる!』――はは、どっかで聞いたような話ですね」 「そうか…

道尾秀介『カラスの親指』講談社

足の小指を硬いものにぶつけると、とんでもなく痛い。 p.7