2008-10-01から1ヶ月間の記事一覧

小池昌代「りぼん」(『ことば汁』収録)中央公論新社

こんなコレクションを残したことが、ふじこのささやかな復讐に見えた。 p.240

小池昌代「野うさぎ」(『ことば汁』収録)中央公論新社

長く忘れていた欲望が、わたしの身体のすみずみまでいきわたり、身体じゅうを緑色に染め上げていく。赤い血のかわりに、緑色の濃い血が、身体じゅうに音をたてて流れ始めたようだった。 森の道は危険だ。ここを歩くと、ときどき、わたしがわたしでなくなって…

小池昌代「すずめ」(『ことば汁』収録)中央公論新社

ここへ来ると、いろいろな欲望が、あらわになる。もし、わたしの欲望が、ほかのひとに見えたら、どれほど醜悪に見えることだろうと、よけいなことまで、思っておそれた。 p.100

小池昌代「つの」(『ことば汁』収録)中央公論新社

たしかに先生の詩はもうすでに「息」であった。何か書けばそれがそのまま、吐く息である。もう、そこには言葉があるという感じすらない。 読んでいると、わたしはただ、おいしい空気を吸っているような気分になったものだ。どこにもあざといところはなく、技…

小池昌代「女房」(『ことば汁』収録)中央公論新社

「人を殺すと、夜の森が見えるのね」 「違うだろ、夜の森を見たんだろ」 「見たというより見えたのでしょうよ。それは心象の風景じゃないの?自分の心が、そっくりそのまま、自分の外側に見えたんだわ。怖かったでしょうね、さびしかったでしょうね」 p.13

古川日出男『聖家族』

俺……ばば様」 「何だい?」 「時間のデッド・エンドなんだよ」 「英語だね?」 「英語だよ」 「いいかい、狗塚は没落した。家の歴史は、誰も憶えていない。お前の父さんの、あれはね、頭が良すぎる。頭が良すぎて、こう言ったよ。書いでね歴史は信じらンね!…

古川日出男『聖家族』

部屋はわずかに三畳あまりの広さしかない。 p.10

田中啓文『チュウは忠臣蔵のチュウ』文藝春秋

「忠義とはかくも滑稽で、かくも虚しいことであったか、と笑うておる。おもしろうてやがて悲しき鵜飼いかな、じゃ。君の心、臣下は知らず、とはこのことじゃ。 p.370 あー面白かった。この作者らしいダジャレも散りばめられ、トンでも愉快な忠臣蔵ながら「……

田中啓文『チュウは忠臣蔵のチュウ』文藝春秋

(パンッ) お早々からのおつとめかけでありがたくお礼申しあげまする。 ただいまから申しあげまするは、全国いずれの国々、谷々、津々浦々へ参りましても、御なじみ深きところの、元禄快挙録は忠臣蔵のおうわさにございまする。 p.6

仁木英之「飄飄薄妃」(『薄妃の恋』新潮社 より)

(そんな俺はどうしたいんだろう。先生とどうなりたいんだろう) p.121 12行目 (じゃあ先生は結局、俺とどうしたいんだろう。どうなりたいんだろう) p.121 19行目 「本当に心から想っているなら、信じられるはずです」 p.138 待つのはつらい。希望があ…

大崎梢『夏のくじら』文藝春秋

恋は水色だっけ。いいよね、水色。やっぱり空と海の色だよね。私、これだけは迷わないでいようかな。たくさんの色の中から、自分で選び取った色だもん」 p.87 けど踊りはええぞ。ぜんぜん別の世界をくれる。からっぽな自由があるがよ。それやき――」 「は?…

大崎梢『夏のくじら』文藝春秋

集合の合図を受けて木陰から日向に出た。降り注ぐきつい日差しが、むき出しの腕にあたって痛い。 p.5

舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』下巻 新潮社

それから俺は俺の中の黄金律を思い出す。 全てに意味がある。 p.64(「第四部 方舟」より) 世界は人の信じるように在り、その世界観は絶えず他人によって影響され、揺らいでいる。<<意識>>が時空を変形させるという現象もその一つなのだ。 p.94(「第…

舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』下巻 新潮社

僕の名前は踊場水太郎。<<踊場>>は、英語に直訳するなら<<ダンスホール>>だろうけど日本人的には階段の途中、曲がり角にあるあの比較的広くて平たいあそこのことだ。 p.4

舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』上巻 新潮社

この世の出来事は全部運命と意志の相互作用で生まれるんだって、知ってる? p.126(「第一部 梢」より) まあ、半分は自業自得というものだ。自分の世界なら自分の作った文脈がどこにでも通用すると思ったら大間違いなのだ。 p.169(「第二部 ザ・パインハ…

舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』上巻 新潮社

今とここで表す現在地点がどこでもない場所になる英語の国で生まれた俺はディスコ水曜日。 p.6(「第一部 梢」より)

平山瑞穂『桃の向こう』角川書店

それよりは、この自分の中にたしかにあるといつでも実感できるもの、たとえ目には見えなくても、自分自身の支えとしていつまでも存在しつづけるなにかを、煌子は切望していた。 そんな煌子の中で、恋愛という現象は、どちらかというと、雑音に近いものとして…

平山瑞穂『桃の向こう』角川書店

仁科煌子とつきあったのは、大学時代の一年間にも満たない短い期間だった。 p.5

柳広司『トーキョー・プリズン』角川書店

「絶対に外れない予言を知っているかい?」 黙っていると、彼はなおくつくつと笑いながら、私の眼をまっすぐに見つめてなぞなぞ(「なぞなぞ」に傍点)の答えを口にした。 「人は必ず死ぬということだ」 p.29 日本がどんな理由で戦争をはじめたにせよ、結果…

柳広司『トーキョー・プリズン』角川書店

スガモプリズン副所長ジョンソン中佐は、机のむこう側に座ったまま、冷ややかな灰色の眼で、たっぷり一分間かけて私を頭の上から足の先までじろじろと眺め回した。 p.5

恩田陸『きのうの世界』講談社

秘密を守るために。何かを隠し続けるために。 秘密とは不思議なものだ。誰かにとっては秘密でも、別の誰かには秘密でなかったりする。 p.253 「世の中には、掘り返さないほうがいい場所、手を触れないほうがいい場所というのがあるんじゃないでしょうか。こ…

恩田陸『きのうの世界』講談社

もしもあなたが水無月橋を見に行きたいと思うのならば、M駅を出てすぐ、いったんそこで立ち止まることをお薦めする。 p.5

矢川澄子『おにいちゃん 回想の澁澤龍彦』筑摩書房

引込思案の少女にははじめのうち、少年をどうよんでいいかわからなかった。でも、親しむにつれて思いついた。ここでは全員がおにいちゃんとよんでいるのだから、自分もそうよばさせてもらおう、と。娘ばかりの家で現実におにいちゃんを一度も有ったことのな…

山崎ナオコーラ『長い終わりが始まる』講談社

小笠原はこのメールを見た途端、ぐしゃりと音がして体が潰れ、目から体液がほとばしり出たような気がした。だが電車内だったので、実際にはクールな顔を保っていた。人前で泣けるほどの年ではなく、小笠原はもう二十三なのだ。 p.91 それにしても、終わりを…

山崎ナオコーラ『長い終わりが始まる』講談社

こういうマンホールの蓋へ、雨上がりにゼラチンを撒いたら、ぺらぺらのゼリーができるだろう。渋谷の空は白く、道路は湿っている。 p.3

金井美恵子『昔のミセス』幻戯書房

グレーのトックリ首のセーターにグレーのウールのスカート、こげ茶色の小さな襟の付いたカーディガンをお召しになって、おっとりとしてゆっくりした口調で話すのだけれど、<私の美の世界>を絶対と信じる<贅沢貧乏>の人ならではの手厳しさには。姉も私も…

島本理生『波打ち際の蛍』角川書店

「なんというか、世界の終わりみたいな夜です」 p.43 信じられないんです、と私は首を振った。強く振った。 「道端でいきなり殴られたり刺されたりしないことを。ホームに立ってて背後から突き落とされないことを。知らない人が、意味もなく私を蔑んだり疎…

島本理生『波打ち際の蛍』角川書店

私は、何度も蛍との約束を破ってしまったけど、海へ行きませんか、という誘いにだけは、こたえることができた。 p.3

誉田哲也『武士道セブンティーン』文藝春秋

最初の言葉は、ちょっといいと思わない?正しい論理とは、誰にでも分かるような、ごくシンプルなものなんだ、っていうのは」 うん。なんかそれは、いい感じがする。なんか愉快。 p.226 『あのなぁ。そんな、高度競技化だか高速自動化だか知んないけど、そん…

誉田哲也『武士道セブンティーン』文藝春秋

我が心の師、新免武蔵は、自らの人生観を説いた『独行道』の中にこう記している。 いづれの道にも、わかれをかなしまず。 p.8