柳広司『トーキョー・プリズン』角川書店

「絶対に外れない予言を知っているかい?」
 黙っていると、彼はなおくつくつと笑いながら、私の眼をまっすぐに見つめてなぞなぞ(「なぞなぞ」に傍点)の答えを口にした。
「人は必ず死ぬということだ」  p.29

日本がどんな理由で戦争をはじめたにせよ、結果的に何十万人もの市民が死んだのです。誰かが(「誰か」に傍点)責任を取らなければならない。とすれば、企業だろうが国家だろうが、責任は必ずトップの人間が取るべきです」  p.74

「つまり、えー、それが“王様の見えない服”だと?」
 キジマは一瞬目を細め、それからにやりと笑った。「そのとおりだ。人間は世界を見ているんじゃない。“見たもの”が世界なんだ。あんたは、周囲の大人たちの意見――先入観――を無視して、王様は本当はなにを着ているか自分の目でたしかめるべきだ。  p.90

「兄さんは、わたしが毎日どんな気持ちで生きていると思っているの?兄さんはいつもわたしに『戦争は終わったんだから、もう死ななくていいんだ』と言う。『戦争なんか、無かったように生きていけばいい』と。でも、わたしはそんなわけにはいかない。戦争は、わたしに消えることのない刻印を残した。わたしにとっての戦争はまだ終わっていない……いいえ、わたしにとっての戦争は、わたしが生きているかぎり永久に終わらないのよ」  p.145

「そんなことはどうでもいい。問題は、俺にとってなにが本物かということなのだ」
「本物の現実? どういう意味だ」
「もし現実があんたの言うとおりのものなのだとしたら」ぎょろりと眼だけが動いて、また私を見た。
「それなら現実でないはずの夢が、俺にはなぜこれほど生々しく感じられるのだ?俺には夢で見た、そしてこの手に触れた蝶たちの方が、あるいは口の中に感じた血の味の方が、よほど現実に思える。少なくとも、あんたたちから繰り返し聞かされる“五年前の現実”とやらよりは、ずっとな」  p.171

「わたし、ときどき思うのですが……」思い詰めたような声で言った。「あの人は……キジマは、もしかすると……本当は思い出したくないだけなのではないでしょうか?」
「思い出したくない? どういう意味だ?」
「キジマが記憶を無くした五年間は、あの人にとって一番ひどい時間でした。……キジマはそのひどい五年間を心のどこかで“なかったこと”にしたいと願っている……忘れてしまおうとしている。だから、いつまでも記憶が戻らないのではないのでしょうか?」  p.181

 新聞が“真実”を書かなかったのは、それがわたしたちの知りたくないことだったから(「それがわたしたちの知りたくないことだったから」に傍点)。  p.215 

「それでもわたしは、やっぱり生きていこうと思うのです。だって、それが殺された者たちに対する生き残った者の責任ですもの」  p.325

 戦争って戦争って戦争って…。謎解きの興奮と戦争(責任)を絡めて、重く苦いものの真摯に受け止めなくては、という気になる。二転三転した後に、、、。力作です。