2008-07-01から1ヶ月間の記事一覧
「知りたい理由については個人的な事情がからみますが、こちらからお願いしていることなのでお話しします。わたしが育った家庭はあまり愛情に恵まれているとはいえませんでした。母親に殺意を抱いたことも何度かあります。この先、わたしは何を我慢して、何…
夜遅くなって帰ってきた父が、わたしの寝床のそばに座った。 「美緒。もう、寝たか」 p.7
「先生。私は、父が病で倒れるまで、父と真剣に向き合ってきたとはいえませんでした。でもこの間、懸命に父のやってきたこと、やろうとしてきたこと、そしてやりたかったことを捜し求めてきたつもりです。そして出した私の結論が尊厳死でした。でも、でもダ…
内海綾子は、八幡平の麓の町から盛岡市内へ向かって愛車のバイク、イーハトーブに乗って走っていた。 p.5
妹が「私母さんの手紙の『母より』って字を見るのが、すごーく嫌だ、気持ちが悪い」と云ったので、「えーあんたも。やだね、あの『母より』って字見ると手紙読みたくなくなる」そして読まない時もあった。 p.28 絵が本当にうまい人は口を半びらきにして舌を…
部屋にはいると母さんはベッドで向うむきに眠っていた。 p.3
「地球上にある幸せの合計は変わらないんだ、と俺は思っている」 p.57 そもそもわたしは、そういう席でどのようにふるまっていいかがどうしてもわからないのだ。初対面の、無作為に選ばれた相手に、自分を異性として印象づけることが暗黙のうちに目的として…
モント・ブランク、という謎の音に、子どもの頃のわたしは取り憑かれていた。 p.3
「山と判り合おうなんてしないことです」 松山が言った。 「え?」 「山と人が判り合うなんて、無理なことだと思います。そんなのは、思い上がりじゃないですか」 草庭の心の動きが、松山にはすべて判るらしい。 「人が死ぬのは悲しいことですが、それは、山…
懸垂下降に入る直前、草庭はそっと下を覗き見た。切れ落ちた断崖の先には、何もなかった。高度差四千メートル以上。 p.4(プロローグより) 痺れるような感覚が、指先にまで這い上がってきた。 草庭正義は、指先をさすり続ける。 p.8
留美を含めて三人を殺害し、九人に重軽傷を負わせた藤崎が罪に問われることはなかった。この世の中には、人を殺しても、残虐な罪を犯しても、罰せられない者たちがいるのだ。 『刑法三十九条』という法律によって。 心神喪失者の行為は、これを罰しない。 心…
公園は白い雪で覆われていた。陽の光に照らされた雪がきらきらと輝いている。 p.7
私たちが見たいのは、一種の「ミシルシ」みたいなものなのかもしれない。この島で私たちが正しく生きているという神託みたいなもの。 p.9(「三月」より) 「ええ、まあ……」 「どうして?」 「どうして」 石和は私の言葉を繰り返し、ちょっと笑った。困って…
明け方、夫に抱かれた。 p.3(「三月」より)