大倉崇裕『聖域』東京創元社

「山と判り合おうなんてしないことです」 
 松山が言った。
「え?」
「山と人が判り合うなんて、無理なことだと思います。そんなのは、思い上がりじゃないですか」
 草庭の心の動きが、松山にはすべて判るらしい。
「人が死ぬのは悲しいことですが、それは、山のせいではない」
 松山の一言が、草庭にはひどく冷酷なものに聞こえた。
「私はそう割りきっています。そうしなければ、山になど登れなくなる」  p.246