2008-12-01から1ヶ月間の記事一覧

赤坂真理/大島梢(画)『太陽の涙』岩波書店

死者も生者も、等しく死を経て生み出される。神々の錬金術で僕らは溶ける。とろりと流体金属のように。 沈まぬ 太 陽 そこから僕らはしたたり落ちた、太陽の涙。涙は魂がたったひとつ記憶している唄を奏でる。僕と、恋人と。僕らと共に落ちた多くのしたたり…

赤坂真理/大島梢(画)『太陽の涙』岩波書店

僕らは太陽の涙。 太陽が泣きこぼす、熱いしずくが固まってできた。 僕らの島、そして僕らの体も。 p.7

宮木あや子『泥ぞつもりて』文藝春秋

年老いた女は、もはや爪の先ほどの大きさになった、かつての熱い大輪の花弁を愛しく思う。恋は池の底に溜まる泥のように形を持たないけれど、いつまでもそこに留まりつづけ、消えることはない。 かきつばたの夕闇はいつしか去りゆき、女は遠く夜の帳で、男の…

橋本紡『橋をめぐる いつかのきみへ、いつかのぼくへ』文藝春秋

突然蘇ってきた記憶を、友香はどう扱っていいかわからなかった。父と自分にも、あんなころがあったのだ。時が流れるうち、いろいろなことが変わってしまった。そして今も、変わり続けている。 p.34 (「清洲橋」より) 終わりだと焦っても、時間は案外残っ…

沢村凜『笑うヤシュ・クック・モ』双葉社

この人たちは、いっしょにいる人間のことを、どれだけ知っているのだろうか。いっしょにいる人間のことをどれだけ知っているかと、不安になることはあるのだろうか。 p.190 確かだと思っていたものが、つかもうとすると消えてしまった。何かがねじれている…

沢村凜『笑うヤシュ・クック・モ』双葉社

<歌舞伎町で朝までやってる味噌ラーメンの超うまい店>は、とうとう見つからなかった。 p.7

三浦しをん『光』集英社

殺してはいけないと、いまのこの島で言うのは無意味だ。なぜ殺してはいけない。罪を犯したら家族が友人が哀しむからか。俺の家族と友人は全員死んだ。死体袋のなかの泥人形が哀しむとは思えない。秩序を乱してはいけないからか。もとからこの世界のどこにも…

三浦しをん『光』集英社

海へ至る道は白く輝いている。 p.3

井上荒野「骨」(『あなたの獣』収録 角川書店)

「女の子にもてたかったら、謎の男になるといいわよ。女って、セックスすれば謎が解けると思っちゃうから」 p.208

井上荒野「声」(『あなたの獣』収録 角川書店)

絶望したのよ、あなたには……。 眠れない夜、耳に響くときと同じように――蛍みたいに僕を囲んでふわふわと浮かび、そのせいで眠れないのだと最初は考えているが、やがて子守歌さながらに、それらこそが僕を眠らせるものとなる――、どの女の声もやさしげだった。…

井上荒野「石」(『あなたの獣』収録 角川書店)

「あなたは、いつも、どこにもいなかった。私が本当に許せなかったのはそのことなのよ。食事をしていても、子供を抱いていても、私の足の爪を切ってくれるときだって、あなたはいなかった。もうずっと前から、気がついていたわ。あなた、私が気がついている…

井上荒野「砂」(『あなたの獣』収録 角川書店)

僕には、少女たちはこの場所に似合っているように感じられた。彼女たちは、この場所の、何かを嵌め込んでみてみてはじめてあきらかになる欠落のような部分に、一人一人がぴったり嵌まり込んでいるような感じがしたのだ。 p.13

打海文三『覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪』角川書店

「長い間ってどれくらいですか?」 「たとえばカイトが七十二歳。わたしは八十八歳」 里里菜の声の余韻に、海人は耳をかたむける。拒絶のひびきはない。だが事実上の拒絶だ。そうとしか解釈できない。海人はがっかりする。 「俺まだ二十二歳です」 「あと五…

打海文三『覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪』角川書店 

戦争孤児が見る夢を、佐々木海人も見る。小さな家を建て、消息不明の母を捜し出して、妹と弟を呼びよせて四人で慎ましく暮らすという夢を。八歳のころから見つづけてきたささやかな夢だ。 p.8

川上弘美「ゆるく巻くかたつむりの殻」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

「好きな人が死ぬと、すこし、自分も死ぬのよ」 p.284 生きていても、だんだん死んでゆく。大好きな人が死ぬたびに、次第に死んでゆく。 死んでいても、まだ死なない。大好きな人の記憶の中にあれば、いつまでも死なない。 p.288 平蔵さんが死んでも、源二…

川上弘美「どこから行っても遠い町」(『どこから行っても遠い町』新潮社より) 

おれは、生きてきたというそのことだけで、つねに事を決めていたのだ。決定する、というわかりやすいところだけでなく、ただ誰かと知りあうだけで、ただ誰かとすれちがうだけで、ただそこにいるだけで、ただ息をするだけで。何かを決めつづけてきたのだ。 お…

川上弘美「貝殻のある飾り窓」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

泣くもんか、と思って、こらえた。いつの間にか自分が雨の写真を撮らなくなっていたことに、その時わたしは、はじめて気がついたのだった。 p.241 雨の日の風景写真を撮るのが趣味の私。偶然喫茶店「ロマン」に勤める赤いくちべにをひいたおばさんあけみと…

川上弘美「急降下するエレベーター」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

山崎くんは、違わないひとなんだ。わたしは思っていた。山崎くんは、違わないひと。きっと山崎くんの家族も、違わないひとたち。わたしの家族も、そう。そして、わたし自身も。 違っていた。佐羽は。南龍之介は、どうだったのか。ほんとうのところは、知らな…

川上弘美「四度めの浪速節」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

好き、っていう言葉は、好き、っていうだけのものじゃないんだって、俺はあのころ知らなかった。いろいろなものが、好き、の中にはあるんだってことを。 いろんなもの。憎ったらしい、とか。可愛い、とか。ちょっと嫌い、とか。怖い、とか。悔しいけど、とか…

川上弘美「長い夜の紅茶」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

平凡と、平均的とは、ちがう。というのが、わたしの持論だ。 何千人ぶんもの顔をかさねてコンピューター処理し、目鼻の位置や大きさを平均化した顔を造形すると、それはいわゆる「美人」「美男」になる、という新聞記事を、以前読んだことがある。 平均とは…

川上弘美「蛇は穴に入る」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

認知症を得た女や男でさえ、その例にもれない。どの男も女も、英さんの言葉を借りるなら、「自分の今までの人生を。どっと自分の上にふりかからせながら」、それぞれの人生の中から否応なしにこぼれでてくる幾多の苦みや軋みや、ときどきはよろこびを、介護…

川上弘美「夕つかたの水」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

大きくなると、自然に、いろいろなことがわかってしまう。 めんどくさいなあ、と、ときどきあたしは思う。でもしょうがない。時間は、たつ。あたしは、成長する。あたしの目には、それまでうつらなかったものが、うつるようになる。そしてまた反対に、うつっ…

川上弘美「午前六時のバケツ」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

渉が、いけない。渉が、ぜったいに、いけない。 庸子さんのことを思って、僕は少し泣いた。庸子さんは掃除が上手だった。よく掃除の手伝いをさせられた。庸子さんの掃除を手伝うのが、僕は、大好きだった。 p.40 「女って、どうやったら機嫌をなおすわけ」…

川上弘美「小屋のある屋上」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

「四十二歳ですよ、わたしは」去り際に言うと、鳥勝はぱっと顔を輝かした。 「なんだ、若いじゃない」 わかい? わたしは聞き返した。 「そうだよ、三十四十のあたりは、あたしらからすると、中若だよ」 いつの間にか八百吉のおばちゃんがすぐうしろに立って…

山本弘『詩羽のいる街』角川書店

「マンガもライトノベルも立派な読書ですよ」明日美さんは優しく微笑んで言った。「どんなジャンルでもそうですけど、駄作や凡作もあれば、傑作もいっぱいあります。そういうのを見つけ出すのが楽しいんです」 p.53(「第一話 それ自身は変化することなく」…

田中慎弥『神様のいない日本シリーズ』文藝春秋

神様の忘れ物なんかもうどこにもない。 p.152 ゴドーは来ない。p.156

田中慎弥『神様のいない日本シリーズ』文藝春秋

聞こえるか、香折。父さんは廊下に座って話をする。この扉は開けない。 p.3

真藤順丈『地図男』メディアファクトリー

あふれている。 物語が横溢している。 p.54〜55 地図男が地図帖を開くとき。 物語を、地図男はだれに語っている?(全てに傍点) p.60 巡礼と。 記録、か。 p.128 反復する言葉、集積する物語。登場人物たちの移動の線分と、感情の軌跡。記録されることで…

真藤順丈『地図男』メディアファクトリー

地図帖||148頁ほか「あるひとりの子どもが、音楽に祝福されて産まれた。 p.3

米澤穂信「玉野五十鈴の誉れ」(『儚い羊たちの祝宴』新潮社 より)

「わ、わたし、わたしは。あなたはわたしの、ジーヴスだと思っていたのに」 暗い夜のせいで見間違えたのだろうか。ほんの少し、五十鈴の表情が動いた気がした。 「勘違いなさっては困ります。わたくしはあくまで、小栗家のイズレイル・ガウです」 p.181