川上弘美「午前六時のバケツ」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

 渉が、いけない。渉が、ぜったいに、いけない。
 庸子さんのことを思って、僕は少し泣いた。庸子さんは掃除が上手だった。よく掃除の手伝いをさせられた。庸子さんの掃除を手伝うのが、僕は、大好きだった。  p.40

「女って、どうやったら機嫌をなおすわけ」聞いてみた。
「女は、どうやっても機嫌をなおさない。ただびくびくしながら、怒りをやり過ごすしかないのよ」渉は言った。  p.47

おばあさんは「ニンゲン」だな、と思った。僕も「ニンゲン」になりたい、と思った。渉なんか、いつまでたっても「ニンゲン」になんかなれないぜ、ざまあみろ、と思った。  p.52

 譲は父親の渉と2人暮らし。なぜ譲は家事全般が得意なのか。渉が家に連れてきた女性の記憶が、譲のうちにある。切なくて、切ないなあ。