2008-12-14から1日間の記事一覧
「好きな人が死ぬと、すこし、自分も死ぬのよ」 p.284 生きていても、だんだん死んでゆく。大好きな人が死ぬたびに、次第に死んでゆく。 死んでいても、まだ死なない。大好きな人の記憶の中にあれば、いつまでも死なない。 p.288 平蔵さんが死んでも、源二…
おれは、生きてきたというそのことだけで、つねに事を決めていたのだ。決定する、というわかりやすいところだけでなく、ただ誰かと知りあうだけで、ただ誰かとすれちがうだけで、ただそこにいるだけで、ただ息をするだけで。何かを決めつづけてきたのだ。 お…
泣くもんか、と思って、こらえた。いつの間にか自分が雨の写真を撮らなくなっていたことに、その時わたしは、はじめて気がついたのだった。 p.241 雨の日の風景写真を撮るのが趣味の私。偶然喫茶店「ロマン」に勤める赤いくちべにをひいたおばさんあけみと…
山崎くんは、違わないひとなんだ。わたしは思っていた。山崎くんは、違わないひと。きっと山崎くんの家族も、違わないひとたち。わたしの家族も、そう。そして、わたし自身も。 違っていた。佐羽は。南龍之介は、どうだったのか。ほんとうのところは、知らな…
好き、っていう言葉は、好き、っていうだけのものじゃないんだって、俺はあのころ知らなかった。いろいろなものが、好き、の中にはあるんだってことを。 いろんなもの。憎ったらしい、とか。可愛い、とか。ちょっと嫌い、とか。怖い、とか。悔しいけど、とか…
平凡と、平均的とは、ちがう。というのが、わたしの持論だ。 何千人ぶんもの顔をかさねてコンピューター処理し、目鼻の位置や大きさを平均化した顔を造形すると、それはいわゆる「美人」「美男」になる、という新聞記事を、以前読んだことがある。 平均とは…
認知症を得た女や男でさえ、その例にもれない。どの男も女も、英さんの言葉を借りるなら、「自分の今までの人生を。どっと自分の上にふりかからせながら」、それぞれの人生の中から否応なしにこぼれでてくる幾多の苦みや軋みや、ときどきはよろこびを、介護…
大きくなると、自然に、いろいろなことがわかってしまう。 めんどくさいなあ、と、ときどきあたしは思う。でもしょうがない。時間は、たつ。あたしは、成長する。あたしの目には、それまでうつらなかったものが、うつるようになる。そしてまた反対に、うつっ…
渉が、いけない。渉が、ぜったいに、いけない。 庸子さんのことを思って、僕は少し泣いた。庸子さんは掃除が上手だった。よく掃除の手伝いをさせられた。庸子さんの掃除を手伝うのが、僕は、大好きだった。 p.40 「女って、どうやったら機嫌をなおすわけ」…
「四十二歳ですよ、わたしは」去り際に言うと、鳥勝はぱっと顔を輝かした。 「なんだ、若いじゃない」 わかい? わたしは聞き返した。 「そうだよ、三十四十のあたりは、あたしらからすると、中若だよ」 いつの間にか八百吉のおばちゃんがすぐうしろに立って…