作品や・ら・わ行

東直子『薬屋のタバサ』新潮社

「だけどさ、死んじまうからこそ、自分のかたちを残したがるんじゃないかと思ってね。残したがってるんだから、こうして自分が見つけたものくらいは、集めてるんだよ。ほうっておいたら、踏みつぶされたり、吹き飛ばされたり、影も形もなくなっちゃうだろう…

東直子『薬屋のタバサ』新潮社

何もかも、申しわけありませんでした。 わたしは、また、つぶやく。 p.3

青山七恵『やさしいため息』河出書房新社

風太のノートなど、もういらない。自分の生活がどう記録されようと、もう興味がない。本当の人生はつれなくて、安全だけども不毛だ。 p.114 「でも、久々に会っても、ちゃんと自分から人生をややこしくして面倒なことをやってるまどかは、なんか感動的だっ…

青柳いづみこ『六本指のゴルトベルク』岩波書店

『ジャン・クリストフ』は音楽家を主人公にした音楽小説だが、同時に、音楽現象というものを見事に言語化した作品でもある。クラシックはよくわからないから、とか長くてむずかしそうだから(たしかに……)という理由でこの書を遠ざけるのは、人類がつくりだ…

ドロシー・キャンフィールド・フィッシャー『リンゴの丘のベッツィー』徳間書店

けれどもベッツィーは、この先、何度も同じようにおどろくことになるのです。今生きている人たちも、長い時間の流れの中で昔とつながっているのだということを、ありありと感じるたびに……。 p.79 誕生日がこんなに心にのこるすてきな日になった子なんか、き…

ドロシー・キャンフィールド・フィッシャー『リンゴの丘のベッツィー』徳間書店

これは、ベッツィーという女の子のお話です。 ベッツィーは九歳で、正式な名前はエリザベス=アンといいました。 p.7

津島佑子「雪少女」(『電気馬』新潮社 収録)

冬の雪から生まれる雪女はただなんとなく、人間が恋しくて、人間のそばに近づきたくて、雪の夜、自分に語りかけてくる人間を求めて、さまよいつづけるだけ。 p.17

津島佑子「雪少女」(『電気馬』新潮社 収録)

雪女は、当り前の話だけれど、雪がなければ生まれることができない。それもたっぷりの雪が必要なのだ。 p.16

山崎ナオコーラ「わけもなく走りたくなる」(『手』文藝春秋収録)

昔から私は、変わっていない。ときどき、わけもなく走りたくなる。 p.123

山崎ナオコーラ「笑うお姫さま」(『手』文藝春秋収録)

「ひとりの男に『いい女』と思われたら、それで満足した方がいいのかしら」 「そうだろう」 「ふうん」 p.111 女は泣き続けた。「私のライフ・ワークが、『王の前で笑うこと』だけだったなんて、むなしいったら。泣けるわ」。変な人生。 p.113

坂木司『夜の光』新潮社

「昼は他人で、夜は仲間。これってかなりスペシャルな感じがしない?」 p.23「季節外れの光」 じっと眺めていると、自分に向ってぐわっと迫ってくるほどの星空。むっと立ち上る草いきれ。虫の声。仲間の気配。 世界が、くるりと完璧な円を描いた瞬間。今な…

辻村深月「雪の降る道」(『ロードムービー』講談社より)

自分の持っているもの全てを、ヒロの前に投げ出した。いつだって、そうだった。みーちゃんの宝物も笑い声も、いつだって彼女本人のためのものではなかった。そうすることで、彼女はヒロから悲しみだけを受け取った、ヒロの悲しみを漠然としか知らなかった彼…

辻村深月「ロードムービー」(『ロードムービー』講談社より)

「自分自身が何かされたわけじゃないのに、友達のために泣くんだ。それができるような人が、この中に何人いると思う?」 p.56 「俺、トシちゃんとどこまででも行きたいと思ってた。どんなこともできると思ってた。でもダメだ。俺は行かなくちゃいけない。も…

鹿島田真希「嫁入り前」(『女の庭』収録 河出書房新社)

結婚という言葉をイメージする土人形は確かになかったけれども、彼は結婚するのだったら、私の子宮の中の糞を取るという。私は結婚という言葉が受肉した土人形なんだと思った。子宮が空の土人形。それを作るのにはきっと技がいるだろう。なにしろ中が空洞な…

鹿島田真希「嫁入り前」(『女の庭』収録 河出書房新社)

母親はため息をついた。そして粉末のプロテインを牛乳で溶いたダイエット・ドリンクをテーブルに置いて、ぴったりと胸に近づける。 p.87

山本兼一『利休にたずねよ』PHP研究所

――どうしてあそこまで、茶の湯の道に執着するのか。 p.40(秀吉「おごりをきわめ」) 利休の傲岸不遜のかげには、美の崇高さへのおびえがあったのか。 ――利休殿は、美しいものを怖れていた。 p.56(細川忠興「知るも知らぬも」) 慇懃かと思えば傲慢。繊細…

ドナ・ジョー・ナポリ『わたしの美しい娘』ポプラ社

このリュートは魅力的だ。ひとりの女が娘のために買い求め、それを娘がその娘に与え、それがそのまた娘に渡る。母がわたしにバイオリンをくれて、それをいつの日かわたしがツェルに与えるのと同じだ。このリュートは一家の歴史をつないでいく。わたしのバイ…

ドナ・ジョー・ナポリ『わたしの美しい娘』ポプラ社

「かあさん、またあのカモ、巣を温めてる」ツェルは窓から思いきり身を乗り出した。 p.10

宇佐美游「雪の夜のビター・ココア」(『29歳』収録 日本経済新聞出版社)

「不倫だからそう見えるんじゃないの」 「違う。大崎さんは何もかも、完璧なのよ」 「不倫だからよ」 p.201 こんなはずでは、とちょっと思う。でも、やはり、人は変わるのだ。目の前のものが現実になり、遠いものはどんどん非現実になる。 p.207

山崎ナオコーラ「私の人生は56億7000万年」(『29歳』収録 日本経済新聞出版社)

「本、本。この先の人生において、恋人がいても本がないのと、本があっても恋人がいないのと、どっちがいい? って聞かれれば、迷わず本のある人生よ」 p.14 誉められたい。人から認められないと、生きている気がしない。 でも周囲から正当に評価されている…

山崎ナオコーラ「私の人生は56億7000万年」(『29歳』収録 日本経済新聞出版社)

「私はー、本がー、大好きだー。私はー、本がー、大好きだー」と心の中で、念仏のように繰り返しながら、カナは都内の大型書店でアルバイトをしている。 p.7

いしいしんじ『四とそれ以上の国』文藝春秋

海岸を歩いていて、南洋の果物を拾いあげ、影をなせる枝が茂る遠い島に思いを馳せたのは赤く長い鼻の男や祠について詳しかった痩せた民俗学者で、この果物のことを『海上の道』という本に短く書いた。この本は読んだことがあった。また、この流れついた椰子…

沢村凜『笑うヤシュ・クック・モ』双葉社

この人たちは、いっしょにいる人間のことを、どれだけ知っているのだろうか。いっしょにいる人間のことをどれだけ知っているかと、不安になることはあるのだろうか。 p.190 確かだと思っていたものが、つかもうとすると消えてしまった。何かがねじれている…

沢村凜『笑うヤシュ・クック・モ』双葉社

<歌舞伎町で朝までやってる味噌ラーメンの超うまい店>は、とうとう見つからなかった。 p.7

川上弘美「ゆるく巻くかたつむりの殻」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

「好きな人が死ぬと、すこし、自分も死ぬのよ」 p.284 生きていても、だんだん死んでゆく。大好きな人が死ぬたびに、次第に死んでゆく。 死んでいても、まだ死なない。大好きな人の記憶の中にあれば、いつまでも死なない。 p.288 平蔵さんが死んでも、源二…

川上弘美「四度めの浪速節」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

好き、っていう言葉は、好き、っていうだけのものじゃないんだって、俺はあのころ知らなかった。いろいろなものが、好き、の中にはあるんだってことを。 いろんなもの。憎ったらしい、とか。可愛い、とか。ちょっと嫌い、とか。怖い、とか。悔しいけど、とか…

川上弘美「夕つかたの水」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

大きくなると、自然に、いろいろなことがわかってしまう。 めんどくさいなあ、と、ときどきあたしは思う。でもしょうがない。時間は、たつ。あたしは、成長する。あたしの目には、それまでうつらなかったものが、うつるようになる。そしてまた反対に、うつっ…

吉田修一「恋恋風塵」(『あの空の下で』木楽舎刊より)

何が悪かったのではなく、何が良かったのかを考えながら、終わる関係というのもあるのだろう。 p.148

平安寿子『恋愛嫌い』集英社

女は初めての男を忘れられない――というのは、男が作った伝説だ。初めての男は、踏み台なのだ。しかし、それは女だけの秘密である。男に言っても信じない。男は総じて、夢想家だ。 p.32 (「恋が苦手で……」より) 幸福はべたに甘いだけだけど、不幸はいろん…

町田康『宿屋めぐり』講談社

そんなことでいいんですか?そんなことでいいんですか?そんなことでいいんですか? おそらくいいのだろう。嘘を言って人を騙さないとこの世の中を生きていかれないのだ。 そして騙される方もまた、嘘を嘘と指摘して周囲から遊離するのが嫌で、それを嘘と知…