川上弘美「小屋のある屋上」(『どこから行っても遠い町』新潮社より)

「四十二歳ですよ、わたしは」去り際に言うと、鳥勝はぱっと顔を輝かした。
「なんだ、若いじゃない」
わかい? わたしは聞き返した。
「そうだよ、三十四十のあたりは、あたしらからすると、中若だよ」
いつの間にか八百吉のおばちゃんがすぐうしろに立っている。神出鬼没である。
「三十と、四十の間には、深い川がありますよ」わたしは反論した。
「深い川も、あとになってみれば、浅いちょろちょろだね」鳥勝が言った。  p.16