打海文三『覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪』角川書店

「長い間ってどれくらいですか?」
「たとえばカイトが七十二歳。わたしは八十八歳」
 里里菜の声の余韻に、海人は耳をかたむける。拒絶のひびきはない。だが事実上の拒絶だ。そうとしか解釈できない。海人はがっかりする。
「俺まだ二十二歳です」
「あと五十年」
「そんなに待てません」
 里里菜が自信たっぷりに言う。
「わたしは待てる。おじいちゃんとおばあちゃんになってる二人を、わたしは想像できる」  
 里里菜が目を閉じる。血色のいい唇に笑みがうかぶ。なめらかに言葉をつぐ。
「耳が遠くなったカイトとわたしが、ベッドのなかでキスを愉しんでる姿が、ちゃんと見える。どっちかと言えば、わたしがカイトに夢中ね」  p.9

 短い人生のすべてが、現実に直面するたびに問題の深さと複雑さを知るという日々だった。  p.35

あづみの涙のわけに察しがついたと思った。子供のころ、妹の恵がときおりぶちまけた、怒りの激情と出所は同じだ。世界の理不尽さをどうにもできない自分自身への悔しさだ。  p.56

「カイトは怖れてるのよ。信じていない夢をしゃべれば、信じていないってことが人に伝わってしまうって」
「そうです」
「変わっちゃったね」
「俺が?」
里里菜が手のひらで海人の胸にそっと円を描いた。
「愚直な男の子が死んじゃって、虚無にとり憑かれた孤児部隊司令官が生まれたんだと思う」  
里里菜の言葉に、海人は笑った。
「俺はそんな複雑な人間じゃありません」
「まぬけなところは残ってる」
「みんなに言われます」  p.139

「パンプキン・ガールズのテーゼが常陸でも流行ってるよ」
女の子たちが陽気に叫んだ。
「おまえが罪を犯すなら、わたしも罪を犯そう!」  p.216

そのことで激しい対立が起こるにせよ、戦争終結の夢は実現する。そう確信すると同時に、海人は自分の人生が終息に向かって一段とスピードアップしているような感覚を抱いた。  p.278

「小学生でもレディとして敬意を払わなくちゃだめよ、恋に関するかぎりはね」三千花が言った。  p358

「戦争はもうまっぴらごめんだ!」
「だけど暴力をふるうのは愉快だ!」  p.359〜360

 出会い、再会、帰国、そして死。内乱による殺戮と略奪と飢餓の二十年間が終わる歴史的瞬間がおとずれる、のか。海人のささやかな夢は叶うのか。椿子は、、、。作者の急逝が悔やまれてならない。