恩田陸『きのうの世界』講談社

 秘密を守るために。何かを隠し続けるために。
 秘密とは不思議なものだ。誰かにとっては秘密でも、別の誰かには秘密でなかったりする。  p.253

「世の中には、掘り返さないほうがいい場所、手を触れないほうがいい場所というのがあるんじゃないでしょうか。これまで誰も手を触れないできた場所には、必ずそれなりの理由があるんですよ」  p.287

 忘れるというのは、罪深いことだ。しかし、忘れなければやっていけないこともある。  p.320

 けれど、世界は必ずどこかで繋がっていて、どこかでほころびると、他の部分も無傷ではいられない。この大きいようで小さい世界は、常に危ういシステムの上に成立している。
 それはこの町も同じだ。この町は、世界の縮図。昔から小さなシステムで成り立ってきたけれど、その均衡はちょっとしたことで崩れてしまう。
 例えばこんな雨で。  p.383

 だけど、吾郎が修平に話し掛けたあの時も、彼が水無月橋で絶命したあの時も、大きな虹の出たさっきのあの時も、全てが連続した時間の中に繋がっている。
 風が吹けば桶屋が儲かる
 修平はそう口の中で呟いてみる。
 続いていないはずはない。どこかで何かが関連しているのだ。
 最近じゃあ、バタフライ・エフェクトっていうんだよ。そんな昔のたとえじゃなくて。
 和音がそんなことを言ったっけ。  p.429

 彼が辿り着いた秘密の真相とは?
 修平は、吾郎の顔を思い浮かべていた。
 穏やかな、思慮深い、それでいて目立たない平凡な男の顔を。
 さあ、修平。考えるんだ。
 市川吾郎という一人の男の物語を。
 修平は、再び目を閉じた。
 あの寒い日の朝、水無月橋で何が起きたのか。市川吾郎の人生は、どんな道を通り抜けて、あの丘で終わりを迎えたのか。
 そこには奇妙な因縁と運命に縁取られた、長い物語があったはずなのだ。  p.431

 途中まではページをめくる手が止められない面白さだったのに。物語世界は不穏と揺らぎでとても美しかったが、後半のつじつま合わせに無理があったように思う。恩田作品はちゃんと着地しないほうがいいのでは?