岡崎祥久『ctの深い川の町』講談社

「どうしてこの市に戻ってくるのか、ということについてだよ。いろんなものを手放してでも、戻ってきてこの市で暮らしたくなるのかもしれない」
「みんな、出て行きたくて出て行ったと思ってたのにね」
「どっちも本当なんだろ、出て行きたくなるのも、戻って来たくなるのも」
「あなたもそうなの?」
「……いや、たぶん違うと思う」  p.75

 それならおれはどうやってここから出てゆこうか(ここまで傍点)――と考えてみたが、そういうことは、ここに戻ってきたのだという実感が湧いてからでなければ、考えることができないものなのかもしれない。大物は、今はこうして故郷にいるが、故郷よりも、もっと遠くまで行かなければならない。  p.109