絲山秋子『北緯14度』講談社

 日本を出て十日、元気がない。帰りたいわけじゃない。さびしくなんか全然ない。ここを過ぎれば本当に楽しくなることもわかっている。私はここを好きになれると思っている。学生のときは、自分だけが何もやることがなくて苦しいなんて思ったけれど、今は書くために来た。今はここにいる理由さえあるのだ。私は日本にいたって孤立しているし、ここにいたって孤立している。同じことだ。
 ただ、心が群馬から剥がれようとして、痛い。親の顔や景色が思い浮かぶまでの時間が、ダイヤルアップ回線のように遅くて、もどかしい。  p.66

 ドゥドゥはやっぱり、私の中の神様のルーツだった。それはときどき小説の形をとって、「海の仙人」に出てくる役に立たない神様のファンタジーになったり、「エスケイプ」に出てくるインチキ神父のバンジャマンになったりする。  p.81

 みんなが死に絶えた後のことを考える。どうせあと50年くらいで全員が死に絶えるのだ。セネガルの平均寿命は短いから、学生のティジャンだってその頃にはもうこの世にいないかもしれない。この、楽しい時間は本当に、あらゆる意味で、一瞬のものだ。  p.175

 どうやったって同じ瞬間に、二つの場所にいることはできない。
 簡単なことだ。それができるのはジンネだけなのだ。  p.275