松浦理英子「乾く夏」(『葬儀の日』収録)河出文庫文藝コレクション

 「クラスに愚鈍な子がいてね。私に向かって盛んに、ドストエフスキイは面白いよ、と言うの。まるでドストエフスキイが自分の専売特許みたいに。教えてくれてどうもありがとう、って皮肉を言っても通じないの。重ねて言ってやったわ、今度は私の知らないことを教えてちょうだい、って。その時の相手の顔見せたかったわ。」 p.127〜128

 

「充分に温まった手を蒲団から出し、空気に曝されていた冷たい左手を握るの。すると、右手と左手の温度が違っているから、まるで他人と手をつないでいるように感じるわけ。最高にいい気持ちよ。」 p.129〜130