海堂尊『チーム・バチスタの栄光』宝島社

 垣谷はちょっと考え、同意した。
 「確かに、曳地さんのナマクラ刀で嬲られるよりは、田口さんのおっとり刀の方がまだマシかな。(以下、略) p.67

 俺は留蔵さんの言葉を聞き遂げただけだ。沈黙も含めてすべて。人の話に本気で耳を傾ければ問題は解決する。そして本気で聞くためには黙ることが必要だ。
 大切なことはそれだけだ。但しそれは、人が思っているよりもずっと難しい技術ではあるのだが。  p.74〜75

 彼の頭のてっぺんからは、細くて長い触覚が出ていて、ゆらりゆらり、揺れているような幻覚。思わず目をこする。
 擬音語なら“ぎとぎと”、擬態語なら“つるん”。つややかに黒光りするゴキブリが脳裏に像を結ぶ。  p.178

 患者に対して、俺がやってあげられることはほとんどない。話を聞くだけ。うなずき返すだけ。吐き出したい思いのたけを上手に丸めて心にくるみ込むのは、話す本人自身だ。
 そうした繰り返しをしていると、かさぶたがはがれるように、彼らから愚痴外来の存在がぽっかり抜け落ちる日が、突然訪れる。こうして彼らは愚痴外来を卒業する。
 その時がくるまで、俺は黙って時のゆりかごをゆっくりゆする。
 俺がしていることといえば、ただそれだけのことなのだ。  p.357