津村記久子「カソウスキの行方」(『カソウスキの行方』講談社 収録)

 よくしてもらってるのに打ち解けられないのが不甲斐なかったし、打ち解けさせない森川にも理不尽な怒りを感じた。わたしはこの人のことがやっぱり嫌いなんだろうかと思い、好き嫌いで推し量ったことなどなかったのに気付く。  p.31

「消去法かあ」
 森川君かあ、と言うところを、直前で置き換えた。あまり名前を胸に置きたい相手ではないのだ。好きになるのは難しそうだ。悪い人じゃないんだけどなー、というのは、ほとんど興味のない相手に向ける台詞で、これからいい面を見て評価がひっくり返るかもしれない「悪い人」よりも未来は少ない。  p.34

 好きになったということを仮定してみる。
「好きになる」とか「恋に落ちた」より文字数が多いが大丈夫だろう。仮想好き。これで文字数も減った。  p.35

「イリエさんが正しかったんです、だって」
「死なないかな」
 間髪いれず答えると、山野は声をたてて笑った。  p.65

 そうだ、インフルエンザと椅子だ。
 自分の頭の中で何があったのか、イリエはじょじょに悟りつつあった。自分にいいことがあってはいけないと思ったのだった。自分に悪いことがあった日、森川にはいいことがあった。だから、自分にいいことがあっては森川に悪いことが起こってしまうと考えたのだった。  p.76