平安寿子『セ・シ・ボン』筑摩書房

 でもね。今は、こう思う。しょせん、人間はみんな、出来心で生きている。だから、トラブルとアクシデントの絶え間がないのだ。そうでしょう?些細なことでも、端から勝手にこんがらがっちゃう。そんなつもりじゃなかったのに。こんなはずじゃなかったのに。
 あー、やってられない―よね。そんなとき、アメリカではこう言うそうですよ。
 ザッツ・ライフ。これが人生さ。  p.36(「人生はトラブルとアクシデントで出来ている」より)

 天使は思いがけない姿で現れるという。嘘つきヤスコが、実はそうだったのかも。そう思うと、人生の不思議さに胸を打たれる。  p.112(「謎の日本人」より) 

「そういうことなんだよ」と、頭の中でジュールがささやいた。
 一度出会ったものたちは、消えていったりしない。いつか、想い出してくれたとき、わたしはきみの名を呼んで、挨拶するよ――。  p.158(「想い出はセ・シ・ボン」より)

 わたしのパリは、頭の中にある。わたしの人生の中にある。あそこで会った人たちが今どうしているのか、興味はない。会いたくもない。そんな必要はない。わたしの中にいる一九七九年当時の彼らだけで十分だ。彼らは永遠にわたしの友達で、想い出しさえすればいつでも、通りの向こうからわたしに呼びかけてくれる。 p.162

 生きるとは、想い出すこと。人は、想い出すために生きる。
 なんにもならなかった、なにもできなかったと涙にくれたパリでの日々が、今のわたしの足元を支える土台になっている。
 想い出とは、そういうものだ。想い出こそ、わたしなのだ。五十を過ぎて、それがわかった。  p.162〜163

 人生の応援歌みたい。平さんにエールを送られた気分になった。そう素直に思えるのは、私が「こんちくしょ!」なお年頃に近いからなのかも。裏表紙にある26歳のタイコの写真の、お世辞じゃなくなんて可愛いこと!