平安寿子『風に顔をあげて』角川書店
「だからね、ふぅちゃん。三十怖い病は二十代にかかるはしかみたいなもんで、三十前になるとあせりまくるけど、心配することはないんだよ。三十過ぎてからだって、なんとかなるんだから。ね。ましてや、二十五が結婚適齢期のリミットだったのは昔話だ。おバカな女の子時代を楽しめばいいんだよ」
「そうですよねえ」 p.10(「1 三十怖い病」より)
「でも、追っかけたい楽しいことを何にも思いつかないんです」
風実はうめくように言った。
「自分がどこに行きたいのか、わからない。若いけど、その若さを浪費しているだけのような気がする。何にもしてない気がする」 p.113(「2 向かい風の日」より)
目の前が明るくなった。初めて、仕事に未来が重なった。
マリンとれおんに何かしてやりたいと言った英一の言葉に、惨めさを噛みしめた。でも風実にも、何かしてあげたい人がいる。何かしてあげたいという心がある。
誰かに何かしてあげたいという思いは、エネルギーだ。その反対に、何かしてもらいたいという渇望は、何も生まない。
自分を救うのは、この「何かしてあげたい」という思いかもしれない。 p.226(「4 スタートライン」)
といっても、はい、あきらめましたとすっぱり割り切るのは難しいけど……。でも、頑張るよ。たった今つかんだ目標の光につかまって、足を引っ張る未練を蹴飛ばしてやろうと思う。 p.227(「4 スタートライン」)
風実は無意識に首を伸ばして、空を眺めた。
人と人はこうして別れ、出会っていくのか。明日、何が起きるかは誰にもわからないんだ。知りたければ、生きていくしかない。それって、すごくない? p.239(「4 スタートライン」)
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