津村記久子『ミュージック・ブレス・ユー!!』角川書店
アザミはそう答えながら、大人な返答をしている自分に我ながらゆるい違和感を覚えた。 p.133 5行目
なんであたしはこんなに自分のことがわからんのやろう。 p.133 15行目
「あたしの家のことなんか言い始めたらきりないしさ。それもあるし、なんやろ、友達とは面白い話以外したくないんよな」 p.156 7〜8行目
今まで続いたあらゆることは空気のようなものだった。それが尽きる日が来るなんて考えたこともなかった。 p.157 2〜3行目
世の中には、趣味的なものも他者も一緒に手にできる幸運な人がたくさんいて、それは、両方持ってる人、他者を持ってる人、趣味的なものしかない人、の順に人間の序列は決まっているとアザミはうすうす気付きかけていたが、トノムラの様子は、そういった認識をものともしなかった。まだ気付いていないだけかもしれないけど。ただ、アザミ自身も自分が持たざる者であることをあまり気にしていなかった。音楽だけあるだけでましだと思うのだ。いや、「だけまし」なんて物言いは本当におこがましくて、要するに、音楽は恩寵だった。 p.161
「わかるよ、そういうの」
トノムラは、まったく意外な一言を漏らした。想定外の反応に、アザミはうまくものを考えられずぼんやりしてしまった。
「音楽について考えることは、自分の人生について考えることより大事やと思う」 p.189
ただ、やはりまだ自分には時期尚早という気がしたのだ。周囲に足並みを合わせず、自分の速度でしか生きることができなかったことのつけだった。雰囲気に流されることもとても大事なのだ。なんで?などと問うのはいけない。誰にも答えられることではないからだ。かといってこれから、同い年の人間の認識に追いつこうと駆け足になるということも想像できない。 p.193
「でもね、本当に好きな音楽があればずーっと聴いてたらいいと思うよ」キノシタさんはそう言って真顔でアザミの目を覗き込み、続けた。「それがなんか、脳波とかにいいって聴いたことがある。体にもいいんとちゃうかなあ。だってさ、何もかもようもないわ、意味ないわって言うよりは絶対にいいよ。好きなものがあるほうがいいよ」 p.205
車窓の向こうに世界が見えた。畏れが胸を通り過ぎて息をのんだが、やがて頭の中で鳴っている音楽がそれをさらっていった。 p.218