木村紅美「風化する女」(『風化する女』文藝春秋 収録)

「年食って一人ぼっちでさびしく死んでいくなんて、ごめんだよね」  p.17

 私がいま、突然死んでしまっても、会社での反応は、きっと淡々としたものだろう。ふとそんなことを思った。同時に、それは当たり前すぎるくらい、当たり前のことなんだと気づいた。
 窓の外をゆっくりと旋回するカラスの鳴き声が聞こえる。
 さびしいとも悲しいとも、私は何とも思わない。  p.29

「目立たない部分に凝る、ってのが好きなのよね」  p.47

 会社の中では、れい子さんは、生きていたころから死んでいるみたいだった。でも私は忘れられない。
 その肉体は消滅し、だれの持っている思い出さえ、早くも風化しつつあるかもしれないけれど、いつか私が死ぬときまで、れい子さんはきっと、私の中に住みついて離れない。  p.71

 れい子さんは43歳で未婚、ふちのない眼鏡をかけて、長い髪を黒いゴムで一つに束ねて、もくもくと会社で働いていた。正社員で入社して20年経っても一般事務職で、存在感薄く働いていたれい子さん。そんなれい子さんが一人ぼっちで死んだ。れい子さんとランチ友達の私は、れい子を悼み送る日々の間に、今まで知らなかったれい子さんの姿を知ることになる。どんなに誠実であっても、会社では誰とでも置き換え可能な地味な一平社員でしかなかった今はもういないれい子さんの人となりが、私のうちに鮮やかに甦る。みんなが忘れてしまっても、私だけは覚えている。そんな決意に胸が温かくなるお話だった(といいつつ、全てを知ろうと踏み込みすぎないところもいい)。