川上弘美『大好きな本』朝日新聞社

大好きな本 川上弘美書評集

大好きな本 川上弘美書評集

 児童文学と呼ばれるものの大概をわたしは愛読したものだったが、どうしても賢治だけは読めなかった。なぜか。
 そこには理論整然というものがなく、子供の世界の模糊としたさまが正直に描かれていたからである。そこには善も悪もなく、淋しさや暁の幽かな光のようなものだけが、世界の方向を決めていたからである。  p.105(谷内六郎「北風とぬりえ」マドラ出版 より)

 それにしても、世界の無秩序を飼い馴らさなかった谷内六郎も賢治も、さぞ生きることがつらく、こわかったことだろうと思う。 p.106(同上)

 「わたしの随筆は明らかに男向けだが、これが意外に女の読者が多いと聞いて、ちよつと嬉しくなつた。男もののセーターをすつきりと着こなすやうなもの、と見立ててはどうだらうか。」

 本書の最初にある作者の言葉だ。
 どの年代の読者も、男も、女も、すっきりと着こなせるセーターなのである。
 しかし、着ている本人、読者たちは、誰もがそろって、こう思っているのである。
 「自分しか着こなせない、むつかしいセーターなんですぜ」と。  p.325(丸谷才一『男もの女もの』文春文庫 より)

 感想はコチラ