恩田陸『猫と針』新潮社

タカハシ:(大きく頷いて)最近特に、加害者と被害者は紙一重で、めまぐるしく立場が入れ替わるからね。気をつけないと、今自分がどっち側なのかすぐに分らなくなる。本人は毎日ボーッとおんなじ場所に立ってたつもりなのに、昨日は被害者で、明日は加害者だったりするんだよね。  p.50

スズキ:目の前のユウコは昔と全然変わらないけど、あたしは、時間が経つと、人によっては何かが決定的に変わってしまうことも知っている。タナカ君の話がほんとうだとしたら、ユウコの中身はあたしの知らない誰かに変わってしまっているのかもしれない。  p.62

ヤマダ」:(中略)あいつがこの名前を付けた理由?さあね、いったい何が平凡な人生で、何が平凡でないのか、俺にも見分けがつかなくなっちまったからなあ。ただ、ひとつだけ言えるのは、この世で平凡が最強だってこと。だって、いつの世も、この世の大多数を占めるのは平凡な人間なんだぜ?これほど世界に平凡な人間が繁栄してるんだから、そのことはとっくに証明されてると思う。  p.85

サトウ:(俯きがちに)あいつ、親切だったよ。タフだし。
スズキ:他人に興味がないから親切にできるのよ。  p.94

ヤマダ:(ぼんやりと自分の手を見る)肉体が消滅しちゃうって不思議だよな。写真は笑ってるし映像も残ってるのに、もう現物のほうは跡形もないなんて。  p.97