道尾秀介『ラットマン』光文社

「この文脈効果に、命名効果ってのが重なると、幽霊はよりはっきりとしたかたちを持ってくる」
命名効果ってのは?」
 谷尾が真剣な顔を向ける。こうしたところ、彼はまったく屈託というものがない。
「たとえばこの絵で言うと、ラットマンだけを単独で見たとする。そのとき『これはネズミだ』と思い込んでしまうと、意図的に見方を変えようとしないかぎり、何度見てもネズミとしか思えない。逆に『おっさんだ』と思い込めば、もうおっさんにしか見えなくなる。これが命名効果だ。ネズミと言ってしまえばもうネズミ。おっさんと言ってしまえばもうおっさん」  p.63〜64

 自分たちはみんな、誰かのコピーなのかもしれない。
 これから演奏する曲といっしょで、誰もが、ほかの誰かの真似をしながら生きているのかもしれない。
 真似は個性を身につけるための手段。いつか野際が言ったその言葉を、姫川は少し理解できた気がした。  p.245