柴崎友香「ブルー、イエロー、オレンジ、オレンジ、レッド」(『主題歌』講談社 収録)

絵莉はその場面が好きで、そこばかり何回も読んだ。恋が始まったときも、終わったときも、読んだ。それで、先週もまた読み返した。
 今、目の前で、心がすうっと外へ広がっていくように感じられるほど美しい青色が、自分のせいだったらいいのに。隣にあるミネラルウォーターのペットボトルも愛想のないコップも、みんなきれいな色に変わればいいのに。それから、ウリセスがそうだったように、パンも食べられなくなったらいいのに、と思った。だけど、昨夜、範子が調達してきたイチジク入りのパンはおいしかったので、まるまる一本食べてしまった。それと同じように、グラスの青と絵莉の気持ちは関係がなかった。  p.176