上田早夕里『美月の残香』光文社文庫

「職業柄、私には人間の氏名などより、匂いのほうがずっと重要なものに思えるのです。人は顔や名前は変えられても、自分の匂いは変えられません。香水ですらマスキングできない匂いを、人間なら誰でも持っています。しかもそれは、指紋のようにひとりひとり違う。同じものは決してない。匂いこそが個人を特定する真実の名――そう言っても過言ではありません」  p.92

『匂いというもの自体が、抽象的でつかみどころのないものだと思わない? 同じ匂いでも人によって想起される感情は違う。彼は人間の感情や記憶から逆算して、香水の処方箋を作りあげる。流行の香りや自分の創作物を押しつけるのではないわ。依頼者だけが必要としている、この世でひとつしかない香りを作り出せるのよ』  p.93

 遥花はいまの自分の姿を見るような気がした。遥花としての遥花、美月としての遥花。実体としての自分、匂いという虚体としての自分。  p.152

別ものだとはわかっていても、体が勝手にひきつけられる。匂いが本能を駆り立てる。  p.176 

 感想はコチラ