上橋菜穂子『流れ行く者 ―守り人短編集―』偕成社

あれは浮き籾だってね。実がしっかりはいっていないから、ふらふら浮いちまう。ちゃんと実ることもない、すかすかの籾だって。」  p.19(「浮き籾」より)

 いかにもカンバルの武人らしい考え方だぜ。生きるも死ぬも己れの力ひとつ。刃を抜くときは己れの命をその刃に乗せたものと覚悟する。――だから、おまえを、あれほどシゴいているわけだ。すこしでも、生きのびる確率をふやそうとしてな。」  p.227(「流れ行く者」より)

「短槍で人を刺すってのは、いやなもんだぞ。どんな理由があったってな、人を殺したら、もう元の自分にはもどれねぇ。――おれは、娘に、そんな思いをさせたかねぇ。絶対に娘を護衛士になんぞしねぇ。」  p.228(「流れ行く者」より)

「おれがおまえの親父だったら、絶対にこんな暮らしをさせねぇ。――たとえ、離ればなれに暮らすことになったとしても、おまえをどこかに預けて、まっとうな、ひとところに根をおろした暮らしをさせる。」  p.229 (「流れ行く者」より)

 胸の鼓動がはやくなった。
 タンダは駆けだしたいのをぐっとがまんしながら、人影がこちらにくるのを待った。こちらから迎えに駆けていったら、人影が淡雪みたいに溶けて、消えてしまうような気がしたからだ。  p.274(「寒のふるまい」より)

 「守り人」シリーズの番外編的短編集。バルサが13歳の頃にどんな暮らしをしていたのか、人生のエピソードを切り取ってみせてくれる。
 まだ幼く弱い少女が、ここまで過酷な人生を歩んでいたのか。タンダとのやり取りなど、読んでいて心が痛い。平板な言葉で書かれているものの、作品に込められたものは、深くて深い。しみじみ何度も読み返したくなるし、その後のバルサを思って、もう一度シリーズ1作目から再読したくなる。
 それにしても作品世界の設定のなんと緻密なことか!どこまで詳細に設定して書かれたんだろう!同一世界を舞台とするまた別の物語も読んでみたい。