ダニロ・キシュ「赤いレーニン切手」(『死者の百科事典』収録)東京創元社

 過ぎたことは過ぎたこと。過去は私たちのうちに生きていて、消し去ることなどできません。  p.173

 味わいが見事にバラバラの愛と死をテーマにした九つの物語が収録。元ネタが分かっていて読んだのがよりいっそう深く味わえるのだろうけど(作者自らによる作品の改題「ポスト・スクリプトゥム」に訳者あとがきでその存在が知れる)、知らなくても知らないなりに味わえる。
 好みだったのは、旅先で訪れた図書館で夜こっそり世界中のあらゆる無名の死者の生涯を記録した「死者の百科事典」と遭遇、父親の記録を読む耽るさまを描いた表題作、死者のまどろみを描いた「眠れる者たちの伝記」、一冊の本「謀略」を巡るる流転の物語「王と愚者の書」など。特に表題作、百科事典の項目を読んでいるだけなのに、父親の生涯をまるで淡々と撮られたドキュメンタリー映画の映像を見るかのように辿る様や、幻想的な雰囲気がなんとも言えず心に残る。いい小説を読んだとしみじみ思った。