橋本紡『もうすぐ』新潮社

「そうなのよ。難しいのよ。放っておいたら死んじゃうとわかっている小さな命を、見捨てることなんてできないわよ。ただまあ、ここまで厄介だとは想像しなかったけど。猫なんて、放っておいたら、勝手に生きてるもんだと思ったのに」  p.7

「わたしはどちらでもいいわね。健康に産まれてきてくれれば十分よ」
 そうだな、と夫は頷いた。
「健康に産まれてきてくれれば、他になにもいらないよな」  p.37「誕生石」

 六月ではなかった。七月でもなかった。
 今日が誕生日だった。  p.48「誕生石」

 そんなのわかっている。
 けれど、ままならないのが人生だ。  p.157「おへその奥の、下辺り」

「そう。だったら、よく見ておいて。たぶんショッキングなことだと思うけど、わたしたちはこうして命を繋いできたのよ。この光景を否定するなら、わたしたちは存在しない。あなたも、わたしも、同じように産まれてきたんだから」  p.334「誕生」