伊坂幸太郎「残り全部バケーション」(『Re-born はじまりの一歩』実業之日本社 より)

「頼むぜ。車間距離ちゃんと取っておけよ。いいか、距離感なんだよ、人生は」  p.237

 溝口さんが苦笑する。「それなら何か、自分探しの旅にでも行くのかよ」
「自分探し?探さないですよ。俺、ここいますから」どうして、そんな意味不明なことを溝口さんが言い出したのか、不思議に思ったが、当の溝口さんは一瞬だけ口元をほころばした。
「そうだな、それはおまえの言う通りだ。自分なんて探すもんじゃねえよ。おまえは時々、いいことを言う。  p.243

「縒り、戻す気なんですか?」
「できればねえ」
「そんなこと考えないほうがいいですよ」俺は自分でも意識する前に言っていた。「過去のことばっかり見てると、意味ないですよ。車だって、ずっとバックミラー見てたら、危ないじゃないですか。事故りますよ。進行方向をしっかり見て、運転しないと。来た道なんて、時々確認するくらいがちょうどいいですよ」  p.253

「前向きな解散なんだからね」母が、わたしを見た。「これはおしまいじゃなくて、明日からまたはじまりなわけ」
「明日からは全部バケーション」岡田さんがまた言う。
「バケーションっていいね」母がすぐに反応した。「そうだね、わたしもお父さんも頑張ってきたから、明日からはバケーションという気分で」
「バケーションなんていらないんだが」  p.256

 伊坂さん、やっぱ巧いっすねー。いかにも「はじまりの一歩」の物語だ。家族解散の日に起こった突拍子もない出来事を切り取って見せてくれる。でも腹七分目ぐらいのところで終わっちゃって、食い足りない気分。もうちょっと読みたかったんだけど、、、これで終わりなのかな。残念。伊坂さんて短編より長編向きな作家なのかもしれない。