朱川湊人『スメラギの国』文藝春秋
突然、自分はとても幸福な人間だという思いが、体全体に満ち溢れた。なぜだか胸のあたりから、温かいものが湧き出てきて止まらない。
白い猫が、澄んだ声で短く鳴く。
「きれいだなぁ」
その声に応えるように、志郎もつぶやいた。
不思議な感覚だった。
まるで猫と志郎の間に意識の道のようなものができて、互いにそこを行き来したような不思議な一体感を、志郎はその猫に感じたのだ。 p.113〜114
「だから天才は、頭脳や行動力ばかりがあってもダメなんだよ。人をひきつけるカリスマ性みたいなものがないと……そうして同調する人間を集めたコミュニティーを作って、時代を変える足掛かりにするんだ」
佐久間の言葉に、なぜかスメラギの顔が頭をよぎる。 p.199
(オウさまに会わなければ、きっと僕らは普通の猫のままだったろうね。一日中眠って、その時その時だけで消えていく心しかなくて、こんなに青くて大きな空が、頭の上にあることさえ知らないで……あぁ、オウさまに会えて、僕ら、どんだけ幸せだったろう。だから今度は、僕がオウさまのために働くんだ) p.298