本谷有希子『偏路』新潮社

宗生 「わしがイライラしとったんは胃腸の調子がおかしかったからや!」
若月 「知らないよそんなもの!家に帰らせろ!」
宗生 「あんたには親を犠牲にして申し訳ないって気持ちがないんか?」
若月 「あんたには挫折した娘をいたわるって気持ちがないんか?」
宗生 「謝れ!」
若月 「謝った!」
宗生 「あんなもん謝ったうちに入るわけねえやろが!」  p.39

若月 「……申し訳ありませんでした。……都落ち、させて下さい」
和江 「宗生ちゃん」
宗生 「……じゃあ、わしが、あんたの反対に、東京に行くわ」  p.41 

若月 「……これがこの人達の、日常、なんだなって思った瞬間に……一瞬めまいがして……こう、サティの商品がこうどこまでも続くから、それでかな、永遠にこんな感じって感覚がぶわって体の中に入って来ちゃって……。(思い切った様子で)うわ、退屈そーって……!」
依子 「(絶句)」  p.80 

宗生 「まぜは一緒にお遍路回らんか。自分のこと見つめ直す、いい機会になる」
若月 「自分のこと見つめ直すなんて、そんなおそろしいこと。……私は私のことなんて、もう二度と直視したくないよ」  p.96

宗生 「大丈夫や。諦めるまで諦めんとけば絶対に諦められることになっとるんや、人間は」
若月 「……ややこしいよ」 
宗生 「ほうやな。今のはちょっとややこしかった」
若月 「……」
宗生 「……若月さん?」
若月 「……」 
宗生 「寝たんか、若月さん?」
若月 「……こたつ、寒いよ。強にして」
宗生 「おお。起きとった」  P.151

 「女優になる!」その夢を実現させるために、親兄弟の反対を振り切って上京した若月。さんざん迷惑かけまくった挙句、劇団が解散するのをけいきに、飛び出した家に戻りたいと切りだす。。。 
 ニートの長男がいる叔母一家を巻き込んでの父娘喧嘩を、コミカルにシニカルに描いた戯曲。一家団欒の仲良し家族がだんだん父娘の負のパワーに浸食されて、いつしか崩壊。今まで抑えてきたどろどろした本音が飛び交うさまは圧巻だった(汗)。
 さりげなく現代社会が抱える問題を織り込んでいるものの、それを笑い飛ばせるパワーと包容力があって、心に沁みる温かい物語。ぜひお芝居を生でみてみたいー。