椰月美智子「彼女をとりまく風景」(『みきわめ検定』収録 講談社)

「えっ、なんで?」
 と言ってしまった瞬間に、彼女は後悔した。男が別れると口に出したときは、すでにそれは決定されていることで、なにをどうしたって、くつがえされることはないことを彼女はよく知っていた。
「なんで、なんで?」
 気持ちと言葉が必ずしも一致しないことも、彼女はわかっていた。
「どうしてなの?」
 言葉が先走って、止められないことも承知だった。  p.124