2008-11-25から1日間の記事一覧
まったく、うんざりだと思う。今見ているこのくだらないテレビ番組も、子どもの汚れた上履きも、夫の丸みを帯びた首も、鏡にうつる目尻のしわも。私はなんでこんなことに気付いてしまったんだろう。気付いてしまった自分にがっかりだ。 人は毎日生まれて、毎…
かなえはこの夜に、自分というものは自分でしかあり得ない、ということを悟った。たとえ自分で選択できなかったとしても、自分の気持ちだけは、他人に侵されないことを知った もちろん、そういうふうに意味付けできたのは、かなえがいろんなことを自分で選択…
繭子は振り返って、たんぽぽ産科婦人科クリニック、と書いてある黄色い看板を眺める。そして、縮図、と声に出して言ってみた。 p.78
一人になって困ることってなんだろう。こんなつまらないメールを返信してきた男がいなくなって困ることってなんだろうか? p.25
「えっ、なんで?」 と言ってしまった瞬間に、彼女は後悔した。男が別れると口に出したときは、すでにそれは決定されていることで、なにをどうしたって、くつがえされることはないことを彼女はよく知っていた。 「なんで、なんで?」 気持ちと言葉が必ずしも…
「セミが鳴いてる、と、言った」 「えっ、本当?」 孝太郎は耳を澄ませてみる。でもセミの声は、ぜんぜんきこえなかった。防音ガラスが二重になっているし、このあたりは緑が少ない。でも、もちろん外ではセミが鳴いているだろうと思う。 「鳴いてるよ」兼治…
彼女は、誰もいない隣のベッドを見た。そして、あることに気が付いた。そこは確かに静かだったけど、昨日までのほうが、もっとしんとしていたのだった。あの女の人がいたほうが、静寂だった。今は、ただの空っぽのベッドだ。おかしいところなんて、ひとつも…