近藤史恵「猪鍋」(『寒椿ゆれる』光文社より)

「あんたは馬鹿だねえ」
「馬鹿とはなんだ」
「女には、女の意地ってもんがあるんだよ。惚れているからこそ、その相手に良縁があれば、ごねてみっともないところを見せたくないんじゃないか。家柄だけで鼻持ちならない相手というのなら、まだ負けたくない気持ちはあるんだろうけど、そういうわけじゃないんだろう。若旦那が気に入っているのなら、願ってもない話じゃないか。言いたいことだって、ぐっと飲み込んでいるんだよ」  p.89