千早茜『魚神』(いおがみ)集英社

「白亜、恐ろしいのと美しいのは僕の中では同じだよ。雷も嵐も雷魚も赤い血も。そういうものにしか僕の心は震えない。どちからしかないとしたら、それは偽物だ。恐ろしさと美しさを兼ね備えているものにしか価値は無いよ。僕はそう思っている。白亜、顔色が悪いよ。魚の目を覗いてしまったのだね」  p.32

 スケキヨの放つデンキは一瞬光ると、外側の方から粉々になり、埃よりも小さな欠片となって空気中に散らばると、最初は時間が止まったかと思うくらいにゆっくり動き、それから気を取り直したように素早く掻き消えるのだった。一陣の風のように。たまに、そのデンキはすごい速さで私を貫くことがあった。そんな時、私は自分という存在を一瞬忘れてしまいそうになった。全てのものから放たれた気分になった。一瞬、自分の存在が空に散って一回りして、また帰ってきたような。着物も皮膚も肉もべりべりと引き剥がされて、体が軽くなったような。そんな目が覚めるような激しい力を私に与えた。  p.65

「いや、この島に来ると、一体自分が何時代にいるのかわからなくなるなと思いまして。いくら眺めても工場も電気も何もなくて、昔ながらの生活様式のまま。女性達は天女のような服装をしているし、闇は濃くて虫や生き物の気配がする。本土に帰った後、この島でのことは夢だったのじゃないかと、よく思ったりするのですよ」  p.119

月水の時は体が水で満ちて湿っぽい。  p.135

「ねえ」
「なんだ」
「私は登録されてないから、存在していないってことになるの?」  p.159

いつか、私の体で湧き上がったぬめりを帯びた貪欲な快感が、頭をもたげてきていた。私はその闇を受け入れる。闇は私の中で膨れ上がり、私の心臓を潰し、どろどろと流れ出し、私の息を止めた。一瞬、体が潰されそうな重みと苦痛が走りぬけ、またたくまに火花のように散った。弾けた光の粒が硝子の破片のように頭の中に降り注ぐ中、私は全てを消し去る暗闇の中に落ちていく。喜びと恐怖が私を満たした。  p.244〜245