平田俊子「亀と学問のブルース」(『殴られた話』収録 講談社)

「同姓同名の人に会うのって初めて」
「わたしも」
「わあ。こういう顔をしているんだ」
「こういう顔かあ」
「和美って名前、わたし嫌いなんだよね」
「同じ同じ。わたしも嫌い」
「人に説明するのは簡単だけど、いい名前だねとはいってもらえないよね」
「こないだ週刊誌見ていたら、男に殺されて山に埋められた風俗嬢の名前が和美だった」
「前に詐欺で逮捕されたおばさんの名前も和美だった」
「あまり幸せになれない名前だよね」
「和美より美和のほうがまだいいよね」
「そうかな?似たようなもんじゃない?」  p.128

 ペチカがいう通り、わたしには何の関係もない。関係が終わるって寂しいことだな。死んだも同然の存在になってしまう。椎名と楽しく過ごした日々もあったのに、別れたあとでは、それさえなかったことになるのだろうか。  p.152〜153

亀は死んだらどうなるのだろう。池の底に沈むのだろうか。仰向けで?それともうつ伏せで? 亀戸天神の池の底には、亀の死骸がごろごろころがっているのだろう。死ぬ者は死ぬ。生きる者は生きる。くる者はくる。去る者は去る。人も亀も猫も神様も。  p.153

「いいね、部屋から信号が見えるなんて。信号が自分に合図してくれてるみたいで寂しくないでしょ」
「信号って意外に冷たいよ。赤になってほしいのに青のままだったりするし」  p.161