津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』筑摩書房

 わたしは二十二歳のいまだ処女だ。しかし処女という言葉にはもはや罵倒としての機能しかないような気もするので、よろしければ童貞の女ということにしておいてほしい。やる気と根気と心意気と色気に欠ける童貞の女ということに、だれでもいいから何か別の言葉を発見して流行らせて、辞書に載るまで半永久的に定着させてほしいと思う。「不良在庫」とか、「劣等品種」とか。「ヒャダルコ」とか、「ポチョムキン」とか、そういうのでもいい。何か名乗りやすいやつを。  p.12〜13

 河北とは、一年のときに基礎講読が同じになって、そこから河北が退学する三年の終わりまでずっと同じゼミに所属していた。入学者をランダムに割り振って寄せ集められるクラスにはなんの色もついていなくて、地味な子や派手な子、真面目な子や不真面目な子、変わった子やそうでない子、それぞれの要素のさまざまな組み合わせをもったいろいろな子がいた。ここに上げた三つの対称の組み合わせで学生のすべてが決まると言いたいわけでは毛頭ないけど、自分なりに大雑把な参考にはしてきたので、河北についての説明の入口ではこの組み合わせの話からするとしよう。わたしと河北をこの要素で比較すると、わたしの入学当時のステータスは、地味・不真面目・変わっているといった感じで、不真面目は紆余曲折を経てやがて真面目になった。河北は派手で真面目で変わっていた。  p.27〜28

「自分になにも問題がないからって、語れる奴を嫉むな」
 両サイドの席の客の動きが止まった。店員が見ていたらかわいそうだな、と咄嗟に思ったけども、さいわい誰も気付かなかったようだ。あるいは見ていて見なかったふりをしただけか。
 語るための痛みじゃないか、それも他人の。  p.61

「そのガキは今どこにおるんかな」イノギさんは気だるげに口を開きうつむいた。「ユニセフに怒られてもいいから、どうにかできんもんかな。原付で軽く轢くとか」
「もうおとなになってるやろから原付ではやっつけられんかも」
「ガキをガキのままやりたいな」イノギさんはゆっくりと顔をあげて、わたしの背中越しのなにかをぼんやりと眺めた。わたしを見ているようで見ていないような眼差しとも言えた。「そこにおれんかったことが、悔しいわ」  p.109

視界に靄がかかったようになり、わたしはコンベアの先の八木君の尻を凝視した。それはいつもと同じ距離のところで豊満に動いていたが、今日はまるで彼岸のもののように感じた。かといって今まで近くに感じたことはなかったけれど。近くに感じたかったのだけれど。  p.127

 就職が決まって、卒業までのぽっかり空いた空白の時間。わたしホリガイの社会へ出るまでの猶予の時間で学生生活の名残りを惜しむ青春群像劇かと思ったら、、、河北の件が引っかかるものの、ユーモラスでまったりした雰囲気がある前半から一転、後半ではずっしりと重苦しい展開に。学生時代の狭くて密な人間関係ゆえに出会ったイノギさんの存在感。
「君−アスミちゃん(河北)−ホミネ(翔吾くん)−(わたし)−イノギ」「あさのさん−ホミネ−八木君−ヤスオカ−イノギ」