山崎ナオコーラ「手」(『手』文藝春秋収録)
ストロベリー味は、現実の苺とは似ても似つかないものだが、日本人が共通して持っている「お菓子の苺味」というものの、明るく薄っぺらい風味がして、頭を撫でられている気分になる。 p.21
私にとっては、こういう男は意味があるというか、いて欲しいというか、ありがたい。パートナーはいらない。それよりも、この世の仕組みを知りたい。 p.26
耳たぶが長い。耳たぶというのは、誰かに触ってもらうために柔らかくぶら下がっている、人間の体の部位だ。菩薩の耳たぶも、見ていると揺らしてみたくなる。
半目。どれだけ見つめても目が合わないという、コミュニケーションの困難さが、私の菩薩に対する恋慕を、さらに掻き立てる。 p.68
生きていても小説を読むぐらいしかすることがないのだが、読書をしていると、全ての読点のあとに「死にたい」という自分の言葉が入ってくる。セックスをするときに、男の人の肩越しに世界が見えることが面白い、と常々思っていた。東京には山がない。
だから、空はビルに囲まれている。 p.83〜84