ニール・ゲイマン『アメリカン・ゴッズ』下巻 角川書店

「あなたもわれわれの仲間です」ウェンズデイはいった。「忘れられていて、もう愛されてもいないし、思い出してももらえない。その点ではわれわれと同じだ。どちらの側につくべきかは明らかです」  p.32

 小説を読むと、ほかの人間の頭のなかへ、ほかの場所へしのびこむことができ、他者の目を通してものをみることができる。だが物語のなかでは、死なずに踏みとどまることもできるし、死んだように感じながら無傷でいることもできる。そして物語の外の世界では、ページをめくってもいいし、本を閉じて自分の人生を再開することもできる。
 ひとりの人間の人生は他の人間の人生と似ているが、同時に他のだれの人生とも異なる。  p.52

「その神様たちは、なんで戦争をするの?」サムがたずねた。「そこまでしなくっても、っていう気がするんだけど。勝ったら何が手に入るの?」
「わからない」シャドウは正直にこたえた。
「エイリアンの存在を信じるほうが、神様の存在を信じるよりやさしい」  p.158

「神々は偉大です」アツラがいった。ゆっくりと、大きな秘密でも告げるかのように。「けれども、心はもっと偉大です。なぜなら、わたしたちの心から神々は生まれるのであり、わたしたちの心に神々はもどってくるのですから……」  p.190

「謎はもうたくさんだ」
「そうか? 謎があったほうが、世の中は味わいが増すと思うがな。煮こみ料理に塩を入れるのと同じさ」  p.230

 パラダイムが変わろうとしていた。シャドウにはそれがわかった。古い世界は限りなく広く、無限の資源と未来に恵まれていたが、それがいま別のものに直面していた――エネルギーに満ち、様々な意見と隔たりとをはらんだクモの巣(ウェブ)に。
 人間は信じる、とシャドウは思った。人間とはそういうものだ。何かを信じる。だが、自分の信仰に責任を持とうとはしない。人間はいろいろなものを呼び出すが、呼び出す力である魔力や呪文は信用しない。人間は暗闇を満たす。幽霊で、神で、電子で、物語で。人間は想像し、想像したものを信じる。その信仰が、その岩のように堅固な信仰こそが、物事を引き起こすのだ。  p.361〜362

古い神々は無視されています。新しい神々は信仰されたかと思うまもなく捨てられて、次なる有力な神に取って代わられます。みなさんはすでに忘れられつつあるか、時代遅れだと宣言されるのを恐れているか、あるいは人間の気まぐれによって存在することにうんざりしているはずです」  p.364