堀江敏幸「苦い手」(『未見坂』新潮社収録)

肥田さんは勉強が「苦手」だった。「苦手」という言い方は、じつに便利で、しかも傲慢だ。中学高校を通じて、肥田さんには「苦手」でないものなど、ひとつもなかったからである。  p.54

「そういうときには、嘘でもなにか書き入れるものだよ。じゃあ、苦手なものはなに?」
「ぼくの苦手は、右手です」  p.55