2008-12-04から1日間の記事一覧

堀江敏幸「トンネルのおじさん」(『未見坂』新潮社収録)

この靴、だれのなんだろう? 根ではなくその靴を見ながら少年は問いを呑み込み、おじさんのかけ声で一気に引くと、めりめり音を立てながらロープが伸び切ってぴんと張り、醜いかたまりがわずかに持ちあがった瞬間いちばん細いところがばきんと折れて、ふたり…

堀江敏幸「プリン」(『未見坂』新潮社収録) 

ひとにあやまるのって、どうしてこうむずかしいのだろうと、悠子さんはあらためて思った。龍田さんの言葉はただしい。潔癖で、正直で、気持ちがいい。けれど、受け取るひとによって、その前置きの部分に正反対の解釈がうまれるかもしれない。そういうことを…

堀江敏幸「苦い手」(『未見坂』新潮社収録)

肥田さんは勉強が「苦手」だった。「苦手」という言い方は、じつに便利で、しかも傲慢だ。中学高校を通じて、肥田さんには「苦手」でないものなど、ひとつもなかったからである。 p.54 「そういうときには、嘘でもなにか書き入れるものだよ。じゃあ、苦手な…