辻村深月「道の先」(『ロードムービー』講談社より)

 胸に、目の前のこの子の作り笑いと、笑った一瞬後ですぐ無表情に戻る、さっきの千晶の作り笑いとが同時によぎった。対照的な二つだが、この年頃の少女にとって、一体どっちが年相応の表情なのかはわからなかった。ただ、十四か十五の少女に強いられる作り笑いの現状はどちらもどこか痛々しかった。  p.146

が、俺がわかると言ったのは、千晶の気持ちの方だった。自分がきちんとこなした仕事を、それをしない人間に平然と使われること。宿題にしろ、忘れ物にしろ、彼女は苛立ち、割り切れないでいる。渋々とでも宿題を友達に見せたり、忘れ物を貸したりするのは、彼女の中のぎりぎりの譲歩なのだろう。
 クラスの中心人物で、時に英雄。彼女に対するクラスメートたちの目線は、同学年同士であっても、怖れを間に挟んでいるのだ。大宮千晶を怒らせてはならない。  p.150

「いいから聞いて。千晶ちゃんは、いつか絶対に平気になる。僕たちは、どこにでも行けるし、変わっていく。僕には言える。いつか、絶対に平気になる日が来る」
 千晶が口を噤んだ。目に怪訝そうな光を宿し、ゆっくりと時間をかけて俺を見上げた。
「先生?」
「今はまだ、そんな風に自分がなれるなんて想像もつかないと思う。なれるわけないって不安になる時もあると思う。でも僕は知ってる。今がどれだけおかしくても、そのうち、本当に自分でも驚くぐらい変わるはずなんだ」
 俺は正面の窓ガラスを見た。その中の千晶の顔に向けて告げる。
「だから、安心していいんだよ」  p.189

「ここじゃない、どこか遠くへ行きたい。だけど、それがどこにもないこと。千晶が今そうであるように、俺も昔、それを知ってた。だけど、大丈夫なんだ。今、どれだけおかしくても、そのうちちゃんとうまくいく。気づいた頃には、知らないうちに望んでいた『遠く』を自分が手にできたことを知る、そんな時が来る。それまでは、どれだけめちゃくちゃだって悲しくたっていいんだ。いつか、どこか正しい場所を見つけて、千晶は平気になる」  p.201