作家か行
たしかに先生の詩はもうすでに「息」であった。何か書けばそれがそのまま、吐く息である。もう、そこには言葉があるという感じすらない。 読んでいると、わたしはただ、おいしい空気を吸っているような気分になったものだ。どこにもあざといところはなく、技…
「人を殺すと、夜の森が見えるのね」 「違うだろ、夜の森を見たんだろ」 「見たというより見えたのでしょうよ。それは心象の風景じゃないの?自分の心が、そっくりそのまま、自分の外側に見えたんだわ。怖かったでしょうね、さびしかったでしょうね」 p.13
グレーのトックリ首のセーターにグレーのウールのスカート、こげ茶色の小さな襟の付いたカーディガンをお召しになって、おっとりとしてゆっくりした口調で話すのだけれど、<私の美の世界>を絶対と信じる<贅沢貧乏>の人ならではの手厳しさには。姉も私も…
僕は何を見ていて、何を信じているのだろう。これが当たり前だと思い込んで、何不自由なく暮らしているつもりでいるけど、それも思い込みに過ぎなくて、ひょっとしたらそれは全然違っていて、世界はもっと激しく歪んでいて、その歪みに気付いていないのは僕…
なんでもわかりやすくして手渡されるより、<<わからない>>という宝物をいっぱいかかえることも<<いいこと>>なのです。そして、自分であれこれ考える。 p.10 「ふん、偉そうだね。」 「だってそうじゃない。――痛めつけられたトマトほど甘くなるんだ…
桜の花が、円形のグランドを包んでいる。 p.18
「先生。私は、父が病で倒れるまで、父と真剣に向き合ってきたとはいえませんでした。でもこの間、懸命に父のやってきたこと、やろうとしてきたこと、そしてやりたかったことを捜し求めてきたつもりです。そして出した私の結論が尊厳死でした。でも、でもダ…
内海綾子は、八幡平の麓の町から盛岡市内へ向かって愛車のバイク、イーハトーブに乗って走っていた。 p.5
「へー。運命の出会いって感じだね。で?」 p.96 「ほんとに思い出深いよね。二人が出会った場所だもんね」 p.201 「中学のときにここでキスして自分の気持ちがはっきりして、それからおれが逃げちゃって、再会して、結婚して、またここに帰ってきた。これ…
何度確かめても、受け取った名刺には「渡来真緒」とある。 p.3
『科学の前では大人も子どももない。自分でやったことの責任はとらなければならない』。この点、パパは絶対に正しい。だが、パパが本当に言いたかったことは残りの半分だ。それをこれから言おう。 カオル、科学を前にしたら大人も子どももない。人の命に関わ…
僕の名前は曾根崎薫。桜宮中学の1年生。 p.6
身も蓋もないことをいえば、翻訳とはそれじたい、性格のわるい作業なのである。 p.24 原文の含意を伝えるというのが、目標の「バー」だとすると、これを越せなければ、そこで翻訳は敗退である。だからといって、文中にあれもこれもと訳者の補足や工夫を盛り…
「まあ、そりゃ立場が違えば、お互いになかなか理解できないわけだけどね……」 p.118 男女同権やら四年制大学やら何や知らんけど、もしも、もっぺん人生やり直せたら今度こそもっと実のある人生にせえへんか。なあそやろ。せっかく生まれてきたんやし、もっ…
掃除機のスイッチを切ると、いきなりリビングに静寂が訪れた。 p.5
新世界より (下)作者: 貴志祐介出版社/メーカー: 講談社発売日: 2008/01/24メディア: 単行本購入: 4人 クリック: 109回この商品を含むブログ (173件) を見る 「世の中には、知らない方がいいことって、たぶん、いっぱいあるんだと思う。真実が、一番、残酷な…
この間、時間を見つけては、過去の歴史をひもといてみたのだが、再認識させられたのは、人間というのは、どれほど多くの涙とともに飲み下した教訓であっても、喉元を過ぎたとたんに忘れてしまう生き物であるということだった。 p.7 もう少し、この場所にと…
深夜、あたりが静かになってから、椅子に深く腰掛けて、目を閉じてみることがある。 p.6
私の求めるものは、この世にただひとつの、自分だけのものではなく、むしろ量産品、そこそこの年月、そこそこの数が出回って、使われるうち、ある型におさまってきた、その意味で、最大公約数的な品であるようです。 個性のあるものと付き合うには、拮抗する…
「大丈夫って訊ねたら、大丈夫じゃないって玲香ちゃんは答えなきゃなんないのよ。だって大丈夫じゃないから、私が現れたんだから。玲香ちゃんを大丈夫にするために現れたんだから」 p.20
あねのねちゃん作者: 梶尾真治出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2007/12メディア: 単行本 クリック: 4回この商品を含むブログ (18件) を見る あねのねちゃんの名前は、玲香がつけた名前なのか、それともあねのねちゃんが自分で名乗った名前なのかは、おぼえて…
今の菊巳には、過去も未来も家族の愛情も何もかもが不確かなものになってしまっていた。どちらにも、はっきりとした確証が得られない。まるで空中をさまよっているようだ。 p.187 「僕は自分が誰なのか、それを知る権利があるはずです。でしょう?あなたが…
ランボー・クラブ (ミステリ・フロンティア)作者: 岸田るり子出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2007/12メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 4回この商品を含むブログ (12件) を見る 菊巳はプリンターの唸るような機械音を聞きながら、パソコン画面の向こ…
気がつくと千秋は横にいて、卓郎を見上げていた。千秋の足もとで開かれているお絵かき帳からも、青い顔の女が見上げていた。 p.190 美樹の後ろには、お絵かき帳を持った千秋が笑いながら立っていた。 p.264
夜は一緒に散歩しよ (幽BOOKS)作者: 黒史郎出版社/メーカー: メディアファクトリー発売日: 2007/05/16メディア: 単行本(ソフトカバー) クリック: 6回この商品を含むブログ (21件) を見る 千秋が奇妙なものを描くようになったのは三沙子が死んでからまだ一…
芸術の才能、そんなおぞましい血を父から受け継いでいるとしたら、わたしもあの炎みたいに誰かを焼き殺そうとするかもしれない。 その罪深い創造への渇望を、料理という安全な形で満たしてくれるのが<マテリアルクッキング>なのだ。だから、このクラブはわ…
過去からの手紙 (ミステリーYA!)作者: 岸田るり子出版社/メーカー: 理論社発売日: 2008/02メディア: 単行本 クリック: 1回この商品を含むブログ (9件) を見る その日、僕が一週間ぶりに帰宅してみると、いろいろなことが、いつもと違っていた。 p.4 感想は…
現代の生活において、人々は生き物を意識から排除しすぎる。実際のところ、この世は「人間以外」の生き物に満ちている。都市では、そこから目をそらして生活するシステムが出来上がっているだけのことだ。獣医師であり、また、一時は動物園への就職も考えた…
母をはねつけてしまいたい苛立ちと、母の胸に顔を埋めて思いきり泣きたい気持ちに引き裂かれて、動くことも喋ることもできない。 母の腕の下から黒いダッシュボードを睨みつけているうちに、おてんの祭りの夜に覗き見た井戸のことが思い出された。 暗い井戸…
ひなのころ作者: 粕谷知世出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2006/04メディア: 単行本 クリック: 6回この商品を含むブログ (28件) を見る 国道を横切って小さな橋を渡ってしまえば、あとは田端の一本道を進むだけだ。 (まえがきより) 春とは言いながら…