書きだし

田中啓文『チュウは忠臣蔵のチュウ』文藝春秋

(パンッ) お早々からのおつとめかけでありがたくお礼申しあげまする。 ただいまから申しあげまするは、全国いずれの国々、谷々、津々浦々へ参りましても、御なじみ深きところの、元禄快挙録は忠臣蔵のおうわさにございまする。 p.6

大崎梢『夏のくじら』文藝春秋

恋は水色だっけ。いいよね、水色。やっぱり空と海の色だよね。私、これだけは迷わないでいようかな。たくさんの色の中から、自分で選び取った色だもん」 p.87 けど踊りはええぞ。ぜんぜん別の世界をくれる。からっぽな自由があるがよ。それやき――」 「は?…

大崎梢『夏のくじら』文藝春秋

集合の合図を受けて木陰から日向に出た。降り注ぐきつい日差しが、むき出しの腕にあたって痛い。 p.5

舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』下巻 新潮社

僕の名前は踊場水太郎。<<踊場>>は、英語に直訳するなら<<ダンスホール>>だろうけど日本人的には階段の途中、曲がり角にあるあの比較的広くて平たいあそこのことだ。 p.4

舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』上巻 新潮社

今とここで表す現在地点がどこでもない場所になる英語の国で生まれた俺はディスコ水曜日。 p.6(「第一部 梢」より)

平山瑞穂『桃の向こう』角川書店

仁科煌子とつきあったのは、大学時代の一年間にも満たない短い期間だった。 p.5

柳広司『トーキョー・プリズン』角川書店

スガモプリズン副所長ジョンソン中佐は、机のむこう側に座ったまま、冷ややかな灰色の眼で、たっぷり一分間かけて私を頭の上から足の先までじろじろと眺め回した。 p.5

恩田陸『きのうの世界』講談社

もしもあなたが水無月橋を見に行きたいと思うのならば、M駅を出てすぐ、いったんそこで立ち止まることをお薦めする。 p.5

山崎ナオコーラ『長い終わりが始まる』講談社

こういうマンホールの蓋へ、雨上がりにゼラチンを撒いたら、ぺらぺらのゼリーができるだろう。渋谷の空は白く、道路は湿っている。 p.3

島本理生『波打ち際の蛍』角川書店

私は、何度も蛍との約束を破ってしまったけど、海へ行きませんか、という誘いにだけは、こたえることができた。 p.3

誉田哲也『武士道セブンティーン』文藝春秋

我が心の師、新免武蔵は、自らの人生観を説いた『独行道』の中にこう記している。 いづれの道にも、わかれをかなしまず。 p.8

本谷有希子『グ、ア、ム』新潮社

北陸の天気は基本的に曇天。 p.3

絲山秋子『ラジ&ピース』講談社

醜いのは野枝自身だった。いつも自分のことばかり考えていた。パーツが小さい地味な顔、寸胴で足の短い体型、身長が低いこと、冒険が怖くて無地の同系色しか合わせられない服装のセンス。性格はといえば彼女はいつも機嫌が悪かった。そしてそれが露骨に表に…

翔田寛『誘拐児』

昭和二十一年八月七日。 線路の向かい側に続くトタン屋根が、真夏の日差しを跳ね返していた。 p.5

吉田修一『さよなら渓谷』新潮社

その日の早朝、立花里美は隣家の尾崎宅を訪問した。夫の俊介はまだ眠っており、応対に出たのはパジャマ姿の妻、かなこだった。 p.3

フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』岩波少年文庫

裏の戸口のところにひとりで立っていたトムが、もし涙のながれるのをぬぐおうともしないでいたとすれば、それはくやし涙だった。 p.9

椰月美智子『体育座りで、空を見上げて』幻冬舎

小学校生活最後の学活の議題は「中学生になることへの不安」だった。 p.5

岡崎祥久『ctの深い川の町』講談社

これまでわたしの口から出てきた言葉の多くは弁明だったのだ――故郷へ向かう急行列車の中でわたしはそう思った。いや、言葉だけではない。わたしの為すこともまた弁明であった。 p.3

楊逸『時が滲む朝』文藝春秋

答案用紙を走るボールペンが一瞬止まった。 p.3

北村薫『野球の国のアリス』講談社

桜の花が、円形のグランドを包んでいる。 p.18

道尾秀介『カラスの親指』講談社

足の小指を硬いものにぶつけると、とんでもなく痛い。 p.7

あさのあつこ『金色の野辺に唄う』小学館

廊下の硝子戸から、光が差し込んできました。秋の日差しは柔らかいけど、脚が長いのです。 p.7

長嶋有『ぼくは落ち着きがない』光文社

西部劇だ。 望美は思う。 p.5

伊岡瞬『七月のクリスマスカード』角川書店

夜遅くなって帰ってきた父が、わたしの寝床のそばに座った。 「美緒。もう、寝たか」 p.7

鏑木蓮『屈折光』講談社

内海綾子は、八幡平の麓の町から盛岡市内へ向かって愛車のバイク、イーハトーブに乗って走っていた。 p.5

佐野洋子『シズコさん』新潮社

部屋にはいると母さんはベッドで向うむきに眠っていた。 p.3

平山瑞穂『プロトコル』実業之日本社

モント・ブランク、という謎の音に、子どもの頃のわたしは取り憑かれていた。 p.3

大倉崇裕『聖域』東京創元社

懸垂下降に入る直前、草庭はそっと下を覗き見た。切れ落ちた断崖の先には、何もなかった。高度差四千メートル以上。 p.4(プロローグより) 痺れるような感覚が、指先にまで這い上がってきた。 草庭正義は、指先をさすり続ける。 p.8

薬丸岳『虚夢』講談社

公園は白い雪で覆われていた。陽の光に照らされた雪がきらきらと輝いている。 p.7

井上荒野『切羽へ』新潮社

明け方、夫に抱かれた。 p.3(「三月」より)