書きだし

鹿島田真希「嫁入り前」(『女の庭』収録 河出書房新社)

母親はため息をついた。そして粉末のプロテインを牛乳で溶いたダイエット・ドリンクをテーブルに置いて、ぴったりと胸に近づける。 p.87

鹿島田真希「女の庭」(『女の庭』収録 河出書房新社)

息がつまる。母、母、母親に囲まれていて、私は息をつまらせている。別に私には特別なところはない。自分はいい意味でも悪い意味でも、普通の主婦だ。どういうところが普通かと聞かれて、答えていたらきりがないけれども。だって、普通であることを、当たり…

津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』筑摩書房

煙たい味のする雨が下唇に落ちて、わたしは舌うちをした。 p.3 なぜわたしは雨が降る廃車置場で、イノギさんが10年ほど前になくした自転車の鍵を探しているのか。イノギさんとの出会いから探すことになった経緯までを描く小説。

平田俊子「亀と学問のブルース」(『殴られた話』収録 講談社)

子どものころ、わたしには特別な力があった。走っている車を一瞬のうちにとめることができたのだ。 p.105

平田俊子「キャミ」(『殴られた話』収録 講談社)

ショッキングピンクの塀の前までくると急に切なさがこみあげてきた。立ち止まって塀をなでながらあなたのことを考える。あなたはきょうこの塀にさわっただろうか。きのうやおとといはどうだろう。あなたのぬくもりが残っていないか、手をすべらせて確かめる…

平田俊子「殴られた話」(『殴られた話』収録 講談社)

女の右腕が飛んできてわたしの首を激しく打った。鈍い音が店の中に響き渡り、居合わせた人たちが一斉にこちらを見た。女は薄笑いを浮かべている。思い知ったか、もう一発殴ってやろうかという顔だ。わたしはあわてて逃げ出した。途端に、背中に衝撃を感じた。…

千早茜『魚神』(いおがみ)集英社

この島の人間は皆、夢を見ない。 島の中ほどにある小さな山の上に朽ちかけた祠があり、そこに棲む獏が夢を喰ってしまうのだ。島に住む人々の心は虚ろで、その夢はあまりにも貧しいため獏はいつも飢えていて、島の灯りに惹かれ訪れた客人の束の間の惰眠ですら…

ドナ・ジョー・ナポリ『わたしの美しい娘』ポプラ社

「かあさん、またあのカモ、巣を温めてる」ツェルは窓から思いきり身を乗り出した。 p.10

原田マハ『おいしい水』岩波書店

白い厚紙のマウントがすっかり古ぼけたスライドがある。泣き顔の女の子がポジフィルムに写っている。 p.5

蜂飼耳『転身』集英社

ベランダで飼いはじめると鶏は、ひとまわり小さくすがたを変えた。 p.3

津村記久子「アレグリアとは仕事はできない」(『アレグリアとは仕事はできない』収録 筑摩書房)

万物には魂が宿る。ミノベの信仰にはそうある。万物に魂は宿る。母体の下の口から、あるいは殻を破り、あるいは分裂し、あるいは型を抜かれ、あるいは袋に詰められ、あるいはネジをとめられ、あるいはネジと一緒に梱包され、万物の命は生まれる。そこに魂は…

山崎ナオコーラ「私の人生は56億7000万年」(『29歳』収録 日本経済新聞出版社)

「私はー、本がー、大好きだー。私はー、本がー、大好きだー」と心の中で、念仏のように繰り返しながら、カナは都内の大型書店でアルバイトをしている。 p.7

小路幸也『残される者たちへ』小学館

団地が、ぼくの家だ。 p.3(プロローグ)

丸山健二『水の家族』求龍堂

ひと切れの死んだ竹の管から湧水のように溢れ出る幽玄の調べは、住民ひとりひとりの俗念をすっぱりと断ち、邪念を払い。城址公園の大山桜の花と、誰も正確な数を知らない桃の花を一層赤く染め、対岸の一本残らず生きている真竹を青々とさせ、その竹林に横た…

丸山健二『水の家族』求龍堂

ただならぬ水の気配がする p.3

村田沙耶香「ギンイロノウタ」(『ギンイロノウタ』収録 新潮社)

私が“化け物”だとして、それはある日突然そうなったのか。少しずつ変わっていったというならその変化はいつ、どのように始まったのか……考えれば考えるほど、脳は頭蓋骨から少しずつ体の内へと溶け出していき、その中を漂いながら、ぼやけた視界で必死に宙に…

絲山秋子『ばかもの』新潮社

「やりゃーいーんだろー、やりゃー」 後ろから柔らかく抱きしめていたヒデの腕を、がばりと振りほどいて額子は言う。 p.3

よしもとばなな『彼女について』文藝春秋

私が昇一と最後に会ったのはふたりが小学校に上がる直前くらいのときだっただろうか。 p.5

赤坂真理/大島梢(画)『太陽の涙』岩波書店

僕らは太陽の涙。 太陽が泣きこぼす、熱いしずくが固まってできた。 僕らの島、そして僕らの体も。 p.7

沢村凜『笑うヤシュ・クック・モ』双葉社

<歌舞伎町で朝までやってる味噌ラーメンの超うまい店>は、とうとう見つからなかった。 p.7

三浦しをん『光』集英社

海へ至る道は白く輝いている。 p.3

打海文三『覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪』角川書店 

戦争孤児が見る夢を、佐々木海人も見る。小さな家を建て、消息不明の母を捜し出して、妹と弟を呼びよせて四人で慎ましく暮らすという夢を。八歳のころから見つづけてきたささやかな夢だ。 p.8

田中慎弥『神様のいない日本シリーズ』文藝春秋

聞こえるか、香折。父さんは廊下に座って話をする。この扉は開けない。 p.3

真藤順丈『地図男』メディアファクトリー

地図帖||148頁ほか「あるひとりの子どもが、音楽に祝福されて産まれた。 p.3

吉田修一『元職員』講談社

背景の風景が、すとんと抜け落ちたような気がした。突然、断崖絶壁の先端に後ろ向きで立たされたような感覚だった。 p.3

柴崎友香『星のしるし』文藝春秋

二階のベランダの手すりに腰掛けている二人が、こっちに向かって指差したように見えたので、あの場所から車の中にいるわたしのことは見えるんだろうかと、と思った。 p.3

斎樹真琴『地獄番鬼蜘蛛日誌』講談社

一日目 さて、何から書きましょうね。 この役に就いた抱負でも書けば宜しいですか。それとも生まれて初めて願いが叶えられたことに、感謝でもしましょうかね。 p.5

津村記久子『ミュージック・ブレス・ユー!!』角川書店

みんな出て行ってしまった。閑散としたスタジオの真ん中に置かれたパイプ椅子に座って、アザミは、ひっぱたかれた頬が今ごろひりひりと痛みはじめるのを感じていた。 p.3

荻原規子『RDG レッドデータガール はじめてのお使い』角川書店

新学期になって日の浅い、四月下旬のことだった。 p.5

古川日出男『聖家族』

部屋はわずかに三畳あまりの広さしかない。 p.10