作品さ行

古川日出男『聖家族』

俺……ばば様」 「何だい?」 「時間のデッド・エンドなんだよ」 「英語だね?」 「英語だよ」 「いいかい、狗塚は没落した。家の歴史は、誰も憶えていない。お前の父さんの、あれはね、頭が良すぎる。頭が良すぎて、こう言ったよ。書いでね歴史は信じらンね!…

古川日出男『聖家族』

部屋はわずかに三畳あまりの広さしかない。 p.10

吉田修一『さよなら渓谷』新潮社

そんな目に遭ったのは彼女のほうなのに、ずっと考えていると、まるで自分がそんな目に遭ったような気がしてきて……、なんか、誰かに負けたような気がしてきて。でも、この誰かって誰なんすかね?」 p.92 ただ、一人で喋り続けているうちに、自分がそれほど尾…

吉田修一『さよなら渓谷』新潮社

その日の早朝、立花里美は隣家の尾崎宅を訪問した。夫の俊介はまだ眠っており、応対に出たのはパジャマ姿の妻、かなこだった。 p.3

岡崎祥久『ctの深い川の町』講談社

「どうしてこの市に戻ってくるのか、ということについてだよ。いろんなものを手放してでも、戻ってきてこの市で暮らしたくなるのかもしれない」 「みんな、出て行きたくて出て行ったと思ってたのにね」 「どっちも本当なんだろ、出て行きたくなるのも、戻っ…

岡崎祥久『ctの深い川の町』講談社

これまでわたしの口から出てきた言葉の多くは弁明だったのだ――故郷へ向かう急行列車の中でわたしはそう思った。いや、言葉だけではない。わたしの為すこともまた弁明であった。 p.3

恩田陸「砂丘ピクニック」(『不連続の世界』収録)幻冬舎

けれど、何かしら異様な感じ、日常の外側から吹き込んだひんやりする隙間風が彼らに恐怖を感じさせたことは明らかだった。 P.218

京極夏彦「十万年」(『幽談』収録)メディアファクトリー

僕は何を見ていて、何を信じているのだろう。これが当たり前だと思い込んで、何不自由なく暮らしているつもりでいるけど、それも思い込みに過ぎなくて、ひょっとしたらそれは全然違っていて、世界はもっと激しく歪んでいて、その歪みに気付いていないのは僕…

伊岡瞬『七月のクリスマスカード』角川書店

「知りたい理由については個人的な事情がからみますが、こちらからお願いしていることなのでお話しします。わたしが育った家庭はあまり愛情に恵まれているとはいえませんでした。母親に殺意を抱いたことも何度かあります。この先、わたしは何を我慢して、何…

伊岡瞬『七月のクリスマスカード』角川書店

夜遅くなって帰ってきた父が、わたしの寝床のそばに座った。 「美緒。もう、寝たか」 p.7

佐野洋子『シズコさん』新潮社

妹が「私母さんの手紙の『母より』って字を見るのが、すごーく嫌だ、気持ちが悪い」と云ったので、「えーあんたも。やだね、あの『母より』って字見ると手紙読みたくなくなる」そして読まない時もあった。 p.28 絵が本当にうまい人は口を半びらきにして舌を…

佐野洋子『シズコさん』新潮社

部屋にはいると母さんはベッドで向うむきに眠っていた。 p.3

大倉崇裕『聖域』東京創元社

「山と判り合おうなんてしないことです」 松山が言った。 「え?」 「山と人が判り合うなんて、無理なことだと思います。そんなのは、思い上がりじゃないですか」 草庭の心の動きが、松山にはすべて判るらしい。 「人が死ぬのは悲しいことですが、それは、山…

大倉崇裕『聖域』東京創元社

懸垂下降に入る直前、草庭はそっと下を覗き見た。切れ落ちた断崖の先には、何もなかった。高度差四千メートル以上。 p.4(プロローグより) 痺れるような感覚が、指先にまで這い上がってきた。 草庭正義は、指先をさすり続ける。 p.8

貴志祐介『新世界より』下巻

新世界より (下)作者: 貴志祐介出版社/メーカー: 講談社発売日: 2008/01/24メディア: 単行本購入: 4人 クリック: 109回この商品を含むブログ (173件) を見る 「世の中には、知らない方がいいことって、たぶん、いっぱいあるんだと思う。真実が、一番、残酷な…

貴志祐介『新世界より』上巻 角川書店

この間、時間を見つけては、過去の歴史をひもといてみたのだが、再認識させられたのは、人間というのは、どれほど多くの涙とともに飲み下した教訓であっても、喉元を過ぎたとたんに忘れてしまう生き物であるということだった。 p.7 もう少し、この場所にと…

貴志祐介『新世界より』上巻 角川書店

深夜、あたりが静かになってから、椅子に深く腰掛けて、目を閉じてみることがある。 p.6

朱川湊人『スメラギの国』文藝春秋

突然、自分はとても幸福な人間だという思いが、体全体に満ち溢れた。なぜだか胸のあたりから、温かいものが湧き出てきて止まらない。 白い猫が、澄んだ声で短く鳴く。 「きれいだなぁ」 その声に応えるように、志郎もつぶやいた。 不思議な感覚だった。 まる…

朱川湊人『スメラギの国』文藝春秋

凍えた風に吹き散らされた無数の枯葉が、ザラザラとのたうつ音を立てながら、長い坂道を登ってくる。 p.3(プロローグ) 目の前には、長く緩やかな坂道が続いていた。 p.15

豊島ミホ「瞬間、金色」(『Re-born はじまりの一歩』実業之日本社 より)

「あたしたちさ、もう酷いことされてんだよ?いいじゃん。井川、何されても文句言えないくらいのこと、したよ。アンタさっき泣いたじゃん!人のこと泣かせるような女、黙ってのさばらせといていいの?」 p.203 私たちはすがり合って、もたれ合って、生きて…

吉田修一『静かな爆弾』中央公論新社

そんな響子の背中を眺めながら、ふと「偽善的」という言葉と、「神様かもしれないぞ、用心、用心」という彼女の文字が重なった。 野良猫にハムをやる。同じ行為のはずなのに、考え方次第でまったく別ものに思える。 施してやる。 施させてもらう。 施してや…

吉田修一『静かな爆弾』中央公論新社

静かな爆弾作者: 吉田修一出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2008/02メディア: 単行本 クリック: 21回この商品を含むブログ (60件) を見る その公園は、午後の四時半で閉門だった。 p.3

平安寿子『セ・シ・ボン』筑摩書房

でもね。今は、こう思う。しょせん、人間はみんな、出来心で生きている。だから、トラブルとアクシデントの絶え間がないのだ。そうでしょう?些細なことでも、端から勝手にこんがらがっちゃう。そんなつもりじゃなかったのに。こんなはずじゃなかったのに。 …

平安寿子『セ・シ・ボン』筑摩書房

セ・シ・ボン作者: 平安寿子出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2008/01メディア: 単行本 クリック: 8回この商品を含むブログ (18件) を見る 「女の黄金時代は、なんといっても三十代ね。二十代はまだまだ子供。人の言葉に左右されて、自分てものがつかめない…

柴崎友香「主題歌」(『主題歌』講談社 収録) 

女の子を見るのが好きなのは、男性俳優やジャニーズ事務所の誰彼が好きだというのと同じことなのか違うことなのか、と実加はときどき思う。ほかにもかわいい女の子が好きだという話をする女友達はいるけれど、同性愛というわけでもなく、小田ちゃんは結婚す…

柴崎友香「主題歌」(『主題歌』講談社 収録)

主題歌作者: 柴崎友香出版社/メーカー: 講談社発売日: 2008/03/04メディア: 単行本 クリック: 20回この商品を含むブログ (61件) を見る 会社に来るまでに携帯プレイヤーで聞いていた音楽が、実加の頭の中で鳴り続けていた。 p.7

井上荒野「終電は一時七分」(『夜を着る』集英社 収録)

「終電は一時七分電よ」 え?と五郎はききかえした。 「終電は一時七分。下りよ。上り電車には、もう間に合わない」 p.96〜97

坂木司『先生と僕』双葉社

「今はさ、ロマンがないよね」 自分の鞄から文庫本を取り出して、隼人くんはため息をついて。中学生らしからぬ台詞に、僕はつい苦笑してしまう。 「本の中では、犯罪にも理由やロマンがある。正義を守る人もいれば、スケールの大きな悪をもくろむ犯人もいる…

坂木司『先生と僕』双葉社

先生と僕作者: 坂木司出版社/メーカー: 双葉社発売日: 2007/12メディア: 単行本 クリック: 16回この商品を含むブログ (57件) を見る 一歩進むたびに、チラシを手渡される。そして立ち止まるたびに、声をかけられる。 p.9(「一話 先生と僕」より)

岸田今日子「セニスィエンタの家」(井上雅彦編『物語の魔の物語』徳間文庫 収録)

物語の魔の物語―異形ミュージアム〈2〉メタ怪談傑作選 (徳間文庫)作者: 井上雅彦出版社/メーカー: 徳間書店発売日: 2001/05メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 22回この商品を含むブログ (2件) を見る スペイン南部アンダルシア地方の中でも、ポルトガルの国…